2009年9月 9日
「時効のリスク、お気づきですか?~民法改正の動きをふまえて」
弁護士 北澤尚登 (骨董通り法律事務所 for the Arts)
最近、犯罪の時効(いわゆる公訴時効)の廃止をめぐる議論が盛んになっていますが、時効は民事の世界にも存在します。民事の時効は、法律の規定が若干複雑であるため、いつ時効が成立するのか正確に理解するのが容易でなく、気づかないうちに権利を失ってしまうリスクがあります。
ITやエンタテインメント関連のビジネスでは時効には特に注意が必要で、例えば芸能人の出演料は1年、クリエイターが外注を受けて脚本、イラスト、コンピュータ・プログラムなどを制作した場合の報酬は1年あるいは2年という超短期で時効にかかってしまい、その後は回収できない可能性があります。
本稿では、民事の時効に関する制度と時効阻止の方法を整理・解説したいと思います。また、民法(債権法)改正に向けた動きが近時活発化していますが、時効制度も議論の俎上に乗せられており、刑事だけでなく民事の時効も今日性のあるトピックといえます。近い将来に改正される可能性もありますので、改正案についてもご紹介します。
1.民事時効の種類~消滅時効と取得時効
民事の時効には、大きく分けて、消滅時効と取得時効の二種類あります。消滅時効とは、一定期間の経過により債権などの権利が消滅するもので、取得時効とは、一定期間の経過により所有権などの権利を取得できるものです。
これら二種類のうち、ビジネスにおいて主に問題となるのは、おそらく消滅時効でしょう。売掛債権やライセンス料などの契約上の債権、または不法行為に基づく損害賠償債権が、消滅時効にかかって無に帰してしまわないよう、債権管理の一環として消滅時効をケアする必要性は高いといえるからです。そこで、消滅時効については次項以下で詳しく説明することとし、その前に、取得時効について簡潔にご紹介します。
取得時効が問題となるのは、主として物(不動産または動産)を無権利者が占有し続けた場合です。取得時効の成立に必要な期間は10年と20年の二種類あり、善意(自分が所有者であると信じていること)かつ無過失で占有を開始した場合は10年間、それ以外の場合は20年間、「所有の意思をもって(所有者として自分で使用するか、他人に貸したりしている状態で)、平穏に、かつ、公然と」占有を継続すれば時効成立となります。悪意でも(すなわち、他人の物であることを知っていても)20年間占有していれば(例えば、他人の不動産上に居座っていれば)所有権を取得できてしまうため、時効を阻止しようと思ったら「確信犯」的な不法占拠者に対しても法的措置をとる必要がある点、要注意です。また、取得時効の対象となるのは所有権に限られず、例えば不動産賃借権も、居住と賃料支払の継続などにより時効取得されることがあります。なお、著作権についても理論上は時効による取得が考えられますが、単に無許諾の利用が20年続いたからといって認められるわけではありません。
2.消滅時効の期間~10年よりも短い債権時効に要注意
民法上の原則では、消滅時効の期間は「権利を行使することができる時」から進行し、債権は10年、「債権または所有権以外の財産権」は20年で完成(時効成立)します。後者の20年が適用される財産権がどのようなものかについては、若干込み入った議論がありますので、ここでは割愛し、以下では債権に関する原則10年の消滅時効に絞って話を進めます。
10年の債権時効の典型的な例を挙げますと、友人にお金を貸した場合、返済期限から(返済期限を取り決めていなければ貸した日から)10年間放置すると、貸金債権が時効により消滅することになります。
ただし、この10年という債権の消滅時効期間には、以下のような例外があります。
まず、ビジネスの場合は、商法により10年の代わりに5年間の短い消滅時効が適用されることがほとんどですので、注意が必要です。
次に、民法の中でも、いくつかの種類の債権については、10年よりも短い時効期間(短期消滅時効といいます)が設定されています。具体的には民法169条~174条に列挙されており、細かくなるので全部の紹介は控えますが、例えば以下のようなものがあります。
・「自己の技能を用い、注文を受けて、物を製作し又は自己の仕事場で他人のために仕事をすることを業とする者の仕事に関する債権」は2年(173条2号)
・「自己の労力の提供又は演芸を業とする者の報酬又はその供給した物の代価に係る債権」は1年(174条2号)
これらの条文は比較的マイナーであり、法律書でもあまり詳しく解説されていないようです。しかし、このコラムの冒頭でふれたとおり、素直に読めばクリエイターやアーティストの製作・実演による報酬債権が含まれてしまう、実は油断できない条文です。1年や2年というのは時効期間としては破格に短いものですから、これらの債権を「寝かせて」無にしてしまうことのないよう、特に注意が必要といえそうです。
なお、短期消滅時効の対象となる債権であっても、訴訟上の請求を行って確定判決や裁判上の和解に至れば、時効期間が10年に延びます(民法174条の2)。
また、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効については、上記の10年間は適用されず、いわば「専用」の条文である民法724条が適用されます。具体的には、①被害者またはその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間、②不法行為の時から20年、のいずれか短い方が経過すれば、時効成立となります(なお、20年の方は学術用語でいうと「時効」でないとの議論もありますが、細かい話になるので割愛します)。特に注意すべきは①の方で、損害額が判明しなくても損害発生の事実を知っていれば3年間のカウントが進行し得るため、意外に早く時効にかかってしまうおそれがあります。
著作権侵害に基づく損害賠償請求を行う場合、その請求権の法的性質は「不法行為に基づく損害賠償請求権」ですので、上記の消滅時効(3年または20年)が適用されます。従って、著作権侵害を探知した場合は、上記①②に注意する必要があります。
もっとも、3年の時効にかかってしまった場合でも、諦めるには早いこともあります。著作権侵害が行われれば、不法行為と同時に不当利得(民法703条。法律上の原因なく、他人の損失のもとで利益を得ることをいいます)が成立する場合が多いと思われますが、不当利得の返還請求権は通常の債権であるため時効期間が10年となり、不法行為に基づく損害賠償請求権が時効にかかった後でも「生き延びている」ことがあるからです。具体例としては、JASRAC(社団法人日本音楽著作権協会)がダンス教室の経営者を相手取って提起した音楽著作権侵害訴訟の判決(名古屋高裁平成16年3月4日判決、判例時報1870号123頁)では、請求額の一部について、不法行為に基づく損害賠償請求権は3年の消滅時効を理由に認められなかったものの、不当利得返還請求として認められています(ただし、不当利得返還請求においては、不法行為に基づく損害賠償請求とは異なり、遅延損害金および弁護士費用の請求までは認められていません)。
3.時効成立を防ぐには~中断の方法
時効期間のカウントが止まる場合として、民法には時効の「中断」(カウントがゼロに戻るもの)と「停止」(期間満了が延期されるもの)が規定されています。権利者が能動的に行えるのは「中断」の方ですので、以下では、時効中断の方法について具体的にご説明します。債権管理上、時効期間の経過前に中断の措置をとっておくことは非常に重要です。
民法147条は、時効中断の方法として、①請求、②差押・仮差押・仮処分、③承認、の三種類を掲げています。ここで最も注意を要するのは、①の「請求」としては、裁判外で(例えば、請求書を内容証明郵便で送付して)行うだけでは足りず、訴訟を起こす必要があるということです。訴訟提起の準備にはある程度の時間がかかりますので、時効期間の満了間際になって慌てないよう、期間の余裕をみておく必要があります。なお、いったん訴訟提起しても、その後に訴えが却下されたり、訴えを取り下げた場合は、時効中断の効力が生じません(民法149条)。
ただし、裁判外で請求することは、民法の条文でいうと「(裁判外の)催告」(153条)に該当します。この請求を行った場合、その後6ヶ月以内に訴訟提起・差押・仮差押・仮処分などの措置をとれば時効中断の効果を生じます。従って、時効期間の満了が6ヶ月以内に迫っていて訴訟提起が間に合いそうにない場合は、ひとまず裁判外で請求しておき、それから6ヶ月以内に訴訟提起できるよう準備する、という対応が考えられます。なお、「(裁判外の)催告」は、法律上は内容証明郵便でなくてもできますが、証拠を確実に残すために(特に、6ヶ月のカウントの開始日を明確にするために)内容証明郵便を用いるのがよいでしょう。
③の承認は、債務者が債務の存在を自認することです。これには訴訟や内容証明郵便などの方式制限がありませんので、債務者から署名・捺印のある承認書を差し入れさせればよいことになります(なお、判例によれば支払猶予の申し入れは債務の承認にあたりますので、「支払を猶予して下さい」という内容の文言であれば、債務承認書の意味をもたせることができます)。これが実際上可能であれば、請求よりも簡易に時効を中断できますので、実務上お勧めすることの多い方法です。
4.債権時効に関する民法改正の動向~改正試案の紹介
今年3月、日本の代表的な民法学者を集めた民法(債権法)改正検討委員会が、『債権法改正の基本方針(改正試案)』(以下「改正試案」といいます)を発表しました。これは法案ではなく、このままの内容で法律になる確証はありませんが(発表後も、この内容に対して様々な意見表明、質問、批判などが行われているようです)、今後の改正論議の事実上のベースになるものと思われますので、注目に値します。
そこで、改正試案のうち、債権時効(債権の消滅時効)に関する部分について、要約・抜粋してご紹介します(なお、改正試案には時効一般(取得時効、債権以外の消滅時効)に関する条項もありますが、紙幅および重要性の関係で割愛します)。
改正試案は、現行の債権時効制度の問題点として①各規定の適用範囲が明確でなく、各規定による時効期間の相違の合理性が疑わしいこと、②債権者の事情に対する考慮が不十分であること、を指摘しており、それ故に、①時効期間の統一、および②債権者の事情への配慮を志向した改正を提案しています。
具体的には、例えば、以下のような提案がなされています(末尾【】の数字は、改正試案の通し番号です。また、本文中の[ ]は、改正試案の原文どおりです)。このとおりに法改正がなされるとすれば、上記2.で述べた時効期間、上記3.で述べた時効成立阻止の方法が、どちらも相当に変わります。実務上、大きな影響がありそうですので、今後も改正論議を注視していきたいところです。
〈時効期間について〉
債権時効期間は、原則として債権を行使することができる時から[10年]とするが、その経過前であっても、債権者(債権者が未成年または成年被後見人である場合は、その法定代理人)が債権発生の原因および債務者を知ったときは、その知った時または債権を行使することができる時のいずれか後に到来した時から[3年/4年/5年]の経過により、債権時効の期間は満了する。【3.1.3.44】
〈現行民法上の、10年よりも短い時効期間について〉
現行の民法169条~174条(短期消滅時効の規定)および724条(不法行為に基づく損害賠償請求権の時効規定)は、廃止する。【3.1.3.45】
〈人格的利益の侵害による債権について〉
[生命、身体、名誉その他の人格的利益]に対する侵害による損害賠償債権については、時効期間を長くとり、原則[10年]を[30年]、原則[3年/4年/5年]を[5年/10年]とする。【3.1.3.49】
〈時効障害(時効期間のカウントが止まる場合)について〉
・時効障害を、時効期間の「更新」(従来の「中断」にほぼ相当)、「進行の停止」(残存期間を減らさずに、カウントが一時停止するもの。新設)、「満了の延期」(従来の「停止」にほぼ相当)の三種類とする。【3.1.3.51】
・時効期間の「更新」事由は、「民事執行」および「債務者による債権の承認」とする。【3.1.3.52】更新後の債権時効期間は、一律に[3年/4年/5年]とする。【3.1.3.55】
・時効期間の「進行の停止」事由には、訴えの提起その他の裁判上の請求、民事執行の申立て、民事保全の申立て、「債権者と債務者の間における、債権に関する協議をする旨の合意」がある。【3.1.3.56】
・時効期間の「満了の延期」事由には、催告および現行民法(158条~161条)における時効停止事由がある。【3.1.3.62】催告がなされた場合、時効期間は、催告後[6ヶ月/1年]が経過するまで満了しない。【3.1.3.63】
以上
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2018年1月29日 弁護士 北澤尚登(骨董通り法律事務所 for the Arts)
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