2011年8月30日
「著作権者等不明の場合の裁定制度
~孤児作品は侵害しながら使う? 使わない? それとも...。」
弁護士 鈴木里佳(骨董通り法律事務所 for the Arts)
(このテーマのアップデート版はこちら)
1.はじめに
古い映画をインターネット配信したい、文庫の表紙絵を使ってイラスト集をつくりたい等、作品の利用を検討するにあたり、まず考える必要があるのが、著作権者等の権利者の許諾を得ることです。
ただ、「権利者の許諾」といっても、実際にはそう簡単にはいかないことも多いかと思います。
古い作品であれば、その作品を創作した方が亡くなられ、相続人が誰かわからない場合もあるでしょうし、著作権を保有していた企業がいつのまにか倒産していたなんてことも、このご時世、珍しくはありません。
また、当初の(あるいは特定の時点の)著作権者が判明したとしても、著作権は、本来的に自由に譲渡できるものであり、その譲渡は口約束ですら有効であるため、誰が現在の著作権者であるか、正確にたどるのは、至難の業といえるケースもあるでしょう。
このように、利用したい作品の権利者が不明の場合、どうすればよいのでしょうか。
権利者が不明の作品(孤児作品)の取扱い方法として、パッと頭に浮かぶ選択肢としては、①利用をあきらめる、②許諾はないが利用してしまう、の2つでしょうか。
①利用をあきらめてしまえば、当然、法的リスクは生じませんが、利用の実現というゴールからは、1番遠い結果でしょう。
②は、大きな声では(いや、小さな声でも)、オススメはできませんが、実際には、どんなに手を尽くしても権利者が見つからない状況から、権利者が現れてクレームしてくるリスクは大きくないと判断して、利用に踏み切るケースも少なくないように思います。
しかし、やはり、あとになって、どこからともなく現れた権利者から、クレームを受け、ましてや裁判沙汰になるリスクが残ることや、第三者から権利侵害だと指摘を受け不祥事に発展するリスクを考えると、大々的な利用を検討しづらい場合も考えられます。
今回のコラムでは、上記の①又は②を選択する前に、一度検討する価値のある(かもしれない)第3の選択肢として、著作権者等が不明の場合の裁定制度について、取り上げてみたいと思います。
2.裁定制度の使い方
まず、この裁定制度の概要としては、著作権者や実演家などの著作隣接権者(以下「著作権者等」といいます)が不明の場合に、文化庁長官の裁定を受け、通常の使用料相当と文化庁長官が定める補償金を、著作権者等のために供託し、その裁定を受けた利用方法により作品を利用することが認められています(著作権法(「法」)第67条1項・第103条)。
具体的には、著作権者等(又はその相続人)が誰か分からない場合や、著作権者等は判明したが、どこにいるか分からないという場合が、この裁定制度の出番となります。
本制度における裁定は、著作権者等の許諾に代わるものですので、著作権者等の許諾はなくとも、裁定に従った利用は権利侵害になりません。
ただし、裁定による利用の事実を知った権利者が出てきた場合、将来の利用をとりやめなければならない場合もあります。
●対象
まず、この裁定制度は、
(i)公表された作品
(ii)相当の期間にわたって公衆に提供され、若しくは提示されていることが明らかである作品
を対象としています。
すなわち、(i)著作者の了解のもと公表された作品のみならず、(ii)著作者が不明の場合や、著作者が公表したのか分からない場合でも、相当の期間にわたって世間に提供されている実績がある作品も、この裁定制度の対象となります。
●申請条件としての「相当な努力」
裁定を申請する条件として、著作権者等と連絡するための「相当な努力」を払ったにもかかわらず、連絡することができないことが必要となります。
この「相当な努力」の具体的な方法としては、著作権者等と連絡をとるために必要な住所、電話番号等の連絡先の情報を取得するために、下記のアからカの全ての措置をとり、それらにより取得した情報その他全ての情報に基づき、著作権者と連絡するための措置をとることが必要となります(著作権法施行令第7条の7第1項・平成21年文化庁告示第26号第1条から第3条。)
調査手法 | 必要度 | |
---|---|---|
ア | 著作物、実演、レコード、放送又は有線放送の 種類に応じて作成された名簿・名鑑類の閲覧 |
○ (2種類以上) |
イ | インターネット検索サービスによる情報の検索 | ○ (2社以上) |
ウ | 著作権等管理事業者その他の著作権等の 管理を行う事業者への照会 |
△ (当該分野に係る著作権等の管理を行っている事業者が存在する場合) |
エ | 利用しようとする著作物等と同種の著作物等の 販売等を行う者への照会 |
△ (存在する場合) |
オ | 利用しようとする著作物等について 識見を有する団体への照会 |
△ (存在する場合) |
カ | 次のいずれかの方法による、一般に対する 情報提供依頼 (i) 日刊新聞紙に掲載する方法 (ii) 社団法人著作権情報センター(CRIC)の ホームページに掲載する方法(30日以上) |
○ |
この「相当な努力」については、文化庁のホームページで公表されています「裁定の手引き」(以下「本手引き」といいます)において、調査方法等についての具体的な説明がされています。その内容を、以下にて少しご紹介します。
ア(名簿・名鑑類の閲覧)について
・ 原則として、著作物等が発行・公表された当時のものを2種類以上閲覧するよう示唆されています。
・ 具体例としては、一般的なものとして、著作権台帳や人事興信録が挙げられているほか、美術の著作物については、美術年鑑や美術家名鑑、音楽の著作物については、音楽年鑑や音楽人名辞典、実演については日本タレント名鑑等が該当します。
イ(インターネット検索サービスによる情報の検索)について
・ 著作物等の題号、著作者等の名前、著作物等の内容をキーワードとして、2社以上のインターネット上の検索サービスを用いて、権利者に関する情報を検索するよう示唆されています。
・ あわせて、文化庁のホームページで、利用しようとする著作物等についての権利登録の有無を確認する必要があります。
ウ(著作権等管理事業者等への照会)について
・ 管理実績の多い著作権等管理事業者として、音楽の著作物については、一般社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)や㈱イーライセンス、言語の著作物については、社団法人日本文藝家協会等が挙げられています。
エ(当該著作物と同種の著作物の販売等を行う者への照会)について
・ ①利用しようとする著作物等と同じものを過去に販売等したことのある者がいる場合、又は②利用しようとする著作物等ではないが、当該著作者等が創作等した別のものを過去に販売等したことのある者がいる場合に必要となります。
・ 上記①又は②に該当する者が複数ある場合は、原則として、それぞれ有力な情報を有していると思われる2者以上に照会するよう示唆されています。
カ(一般に対する情報提供依頼)について
・ (ii)の方法については、(a)社団法人著作権情報センター(CRIC)のホームページに情報提供を求める広告記事掲載の依頼を行う方法と、(b)CRICのホームページには情報提供を求める広告記事の概要のみを掲載し、詳細は自分(又は自社)のホームページへリンクさせるようCRICに依頼する方法があります。
なお、「相当の努力」として求められる、適切な手続・方法は、著作物の種類や利用方法により異なりますので、早いタイミングで文化庁への事前相談を行うことをお勧めします。
●全体的な手続の流れ
上記のとおり、①「相当な努力」をした後の大まかな手続の流れは、以下のとおりです。
② 申請書及び添付書類の文化庁著作権課に対する提出
③ 文化庁長官による裁定の可否及び補償金額の決定・通知
④ 補償金の供託
⑤ 著作物の利用開始
本手引きで紹介されているスケジュール例によれば、②申請から③補償金額の決定までの標準処理期間は3カ月とされています。もっとも、文化庁のホームページで公表されている過去の裁定実績の中には、申請から1カ月以内に裁定がされた案件もあり、事前に利用までのスケジュールを組みにくいところです。
他方、平成21年の著作権法改正により新設された、申請中利用制度(法第67条の2)を利用する場合、申請後、文化庁長官の定める担保金を供託すれば、裁定の決定前であっても、著作物の利用を開始することができます。なお、当該著作物の著作者が利用を廃絶しようとしていることが明らかであるとき、具体的には、著作者が、「その作品の今後一切の利用を一切禁止する」との置き手紙を残して失踪した場合等には、申請中利用制度による利用は認められません(この場合、裁定をしない処分となります(法第70条4項2号))。
申請中利用制度を利用する場合、担保金の額の通知を受け(申請から約1~2週間程度かかるようです)、当該金額を供託すれば、裁定を待たずに利用を開始できるため、利用開始までのスケジュールの短縮を一定程度期待できるかと思います。
ただし、利用開始後、「裁定をしない処分」を受けた場合には、その時点で著作物の利用を中止しなければならない点には留意が必要となります。
3.実際に使われているのか、そして使えるのか
では、この裁定制度、実際に使われているのか?というと、どうやら、最近にわかに使われ始めているようなのです。
文化庁のホームページで公表されている過去の裁定実績によれば、直近10年間の状況は下記グラフのとおりです。
グラフを見てみますと、平成20年までは、1年に数件程度しか活用されていなかったのに対し、平成21年、平成22年には少しずつ裁定事例が増加していることが分かります。
この裁定件数の増加の要因としては、上述の①文化庁による本手引きの公開(平成17年3月以降)や、②申請中利用制度の開始や手続の明確化等を内容とする平成21年度の著作権法改正により、幾分、制度を利用しやすくなったことが考えられます。
もっとも、裁定の対象とされた著作物の内訳を見てみると、どの年も言語の著作物が大半を占めています。
映像コンテンツなど、関連する権利者が多数存在することから、本来、この裁定制度による利用の必要性が高いように思われるものの、過去に裁定がされた実績はほとんどありません。
このように利用対象に偏りがあり、また件数としても未だ十分に活用されているとは決していえない現状については、申請にあたり求められる「相当な努力」や提出書類の準備についてのハードルが相当高いことが一因であろうと思います。
とくに、申請書には、「補償金の額の算定の基礎となるべき事項」という項目があり、本手引きによれば、例えば、(a)販売価格等の著作物の提供又は提示の対価、複製を行う場合はその部数、演奏・上演・上映等を行う場合はその回数、出版物やビデオの場合には全体の分量と当該著作物が占める分量などのほか、(b)同様の形態についての「使用料の相場」が分かる資料があれば、記載・添付するよう示唆されています。
(b)「使用料の相場」については、著作権等管理事業者の使用料規程や業界の標準料金が存在する場合には、これらが参考になりますが、使用料規程や標準料金が存在しない種類の著作物については、各社の取扱いにつき調査を実施し、その結果の報告を求められることもあるようです。このような労力をかけることは、業界にカオがきき、資金もある一部の企業を除いては、現実的には難しく、自らできる範囲には限界があるように思われます。
それ以前に、(a)については、「広範な利用の可能性を事前に確保できなければ事業を進められない」といったケースでは、現実に難しいでしょう。裁定制度を利用するために、作品の利用方法が大きく制約されることもあるのではないでしょうか。
また、「相当な努力」についても、実際に申請を受理されるためには、(本手引きによれば、該当する者が存在する場合に照会するよう示唆されている)上記表のウからオの照会について、該当する者が存在しない場合であっても、不存在であることについて、詳細な説明や疎明資料の提出を求められるなど、「相当な努力」どころか「多大な努力」を要するケースも多いようです。
4.おわりに
著作権者等不明の場合の裁定制度は、補償金を供託させることにより権利者の利益を確保しつつ、孤児作品の死蔵を防ぎ、次世代の文化創造を促進するという、実に大きな役割を果たし得る制度です。
ただし、どんなに素晴らしい理念に基づく制度であっても、過度に厳格な運用がされるのであれば、利用者にとっての現実的な選択肢とはなりえず、孤児作品とともに、裁定制度自体が(再び)死蔵されてしまうかもしれません。
そうならないためには、コンテンツの内容・利用方法が多種多様に広がる情報化社会にふさわしく、裁定制度がより柔軟に運用されることが必要でしょう。たとえば、補償金について、申請者において具体的な金額を算定できないケースでは、文化庁のイニシアチブにより作品の種類等に応じた金額を設定し、当事者から不満があれば異議を出させることにより、申請に向けてのハードルが一段低くできるのではないでしょうか。
また、孤児作品の利用希望者のスタンスとしても、権利侵害となる利用をしながら、あるいは、利用を諦めながら、現行の裁定制度の運用改善や、新たな使い勝手のいい制度の導入をただ待つのではなく、少し面倒そうだけど適法に作品を利用できる裁定というオプションがまず検討されることを期待しつつ、本コラムを終えたいと思います。
以上
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2020年4月30日 弁護士
鈴木里佳(骨董通り法律事務所 for the Arts)
法的若しくは専門的なアドバイスを目的とするものではありません。
※文章内容には適宜訂正や追加がおこなわれることがあります。