2012年2月24日
「"マジコン"規制のゆくえ ~ゲーム海賊版対策の最前線~」
弁護士 北澤尚登 (骨董通り法律事務所 for the Arts)
1.はじめに
デジタル化・ネットワーク化の進展にともない、様々なコンテンツについてユーザーのニーズに即した利便性の高いコンテンツ提供が可能となり、クリエイター側のビジネスチャンスも拡大しているといえます。ゲームの世界では、「バーチャルコンソール」などのダウンロードによるゲーム販売や、オンラインゲームの普及といった例が挙げられます。しかし一方では、「海賊版」の流通規模の飛躍的な増大によって、クリエイターの権利・利益に対する深刻な被害が懸念され、対策が課題となっています。
最近の著作権法関連のトピックでいえば、ACTA(模倣品・海賊版拡散防止条約)、TPP、SOPA(Stop Online Piracy Act; 米国の著作権保護法案)は、いずれも海賊版対策を重点項目にしています。これは、とりわけ米国が海賊版対策に熱心だからともいえますが、日本でもマンガ・アニメ・ゲームなど、人気のあるコンテンツが多数生み出されていることから、そのぶん海賊版被害が生じやすく、対策の必要性が高いといえましょう。
デジタル社会における海賊版対策の難しさとしては、海賊版の作成(デジタル複製)・提供(ネットワーク送信)といった行為が比較的容易にできてしまうため、そのような行為自体を規制しようとしても、実際には捕捉しづらいことが挙げられます。例えば、ネットワーク送信やダウンロード複製の主体を、サーバーをたどって把握できたとしても、「もぐら叩き」的に個別の対処をすることは難しかったり、できたとしても対症療法にすぎず抑止効果に乏しい場合も多いでしょう。したがって、海賊版対策に実効性をもたせるためには、複製・送信行為を禁止するという直截的な規制だけでは不十分な場合もあります。
その代表例がゲームで、今では多くの海賊版がインターネット上で提供されており、ダウンロードで簡単に入手することができますが、これを「マジコン」という機器につなげば、(Nintendo DSなどの)ゲーム機に内蔵されているセキュリティを回避できるため、海賊版を正規版と同様に起動(プレイ)することができてしまいます。こういった一連のプロセスによる海賊版被害は、ニンテンドーDSおよびPSP(プレイステーション・ポータブル)のゲームソフトについては2004~2009年の累計で国内被害額 9,540億円にのぼるという試算もあるほどですが(「文化審議会著作権分科会報告書の概要(平成23年1月)」、これを抑止するには、海賊版の作成・提供(・入手・使用)といった個別の行為を規制するだけでは実効性が十分とは言いがたく、根本的な対策として、マジコンの製造・販売を規制することが必要と考えられます。
このような観点から、近年、マジコン規制に関する法改正に向けた動きが進められてきました。平成23年には不正競争防止法および関税法の改正がなされており、著作権法の改正についても議論が行われていますが、複数の法律にまたがる話でもあり、ゲーム業界や法律関係者以外の方々には若干わかりにくいかもしれません。そこで本稿では、マジコン法規制の現状を概括的に整理して、読者のご参考に供したいと思います。
2.著作権法
マジコンは、コピーガードではなくアクセスガード(ゲーム機に内蔵されている、海賊版の起動を防止するセキュリティ)を解除するものであるため、法律上の議論では「アクセスコントロール回避機器」と呼ばれることがよくあります。
著作権は、英語でいえば「コピーライト」であることからもうかがえるように、本来的には「複製(コピー)」をコントロールする権利とされています。他方、ゲームをプレイする、本を読むなどの「アクセス」行為は、伝統的に著作権の範囲外とされてきました。したがって、いわゆるコピーガード・キャンセラーなどの「コピーコントロール回避(機器)」はともかく、コピー行為に直接関係しない「アクセスコントロール回避(機器)」は、著作権法による規制の対象にすべきではない、との見解も従来は有力でした。
しかし、実際上の規制の必要性もあってか、文化審議会著作権分科会報告書(平成23年1月)では、著作権法の対象とすべきゲーム用の保護技術として、「オンラインゲーム用の保護技術のうち、ゲームソフトの複製やインターネット上での送信の防止・抑止が行われていないもの」は除くが、それ以外の「ゲーム機・ゲームソフト用の保護技術」は含めるべき、とされています。ポイントを要約すると、直接的なコピーガードだけでなく、ゲーム機のアクセスコントロール技術(コピー行為自体を直接防止するものではない)であっても、結果としてコピーを無意味化し抑止しているものは、コピーコントロールの「機能」を有しているから、著作権法の守備範囲に含めるべき、ということになります(以上につき、同報告書77ページ以下参照)。
今後、この方向で法改正が行われるとすれば、具体的には:
・ゲーム機のアクセスガードを、著作権法上の「技術的保護手段」(2条1項20号)に含める
・ゲーム機のアクセスガードの解除(マジコンの使用を含む)を、「技術的保護手段の回避」(30条1項2号)に含める
・その結果、ゲーム機のアクセスガードの解除を「専ら」機能とする装置の譲渡・製造・輸入等に、刑事罰が科される(120条の2第1号)
という形で、マジコンの製造、販売、輸入といった行為が著作権法の規制対象になる可能性が高いと考えられます。
3.不正競争防止法
不正競争防止法においては、著作権法のように「コピーは規制するが、アクセスは規制しない」という原則があてはまらないこともあって、従来からアクセスコントロール技術が「技術的制限手段」(2条1項10号)として保護対象に含まれていました。
しかし、以前は技術的制限手段の回避機能「のみ」を有する装置の譲渡・輸出入が禁止されるにとどまっていたため、マジコンの販売などが禁止対象になるのかどうか、解釈上の問題がありました。マジコンは、ゲーム機のアクセスガード回避が主な用途であることが多いにせよ、それ以外の用途(自主制作ソフトの起動など)も無いとはいえないため、上記の「のみ」要件を充たさないのではないか、という疑問があったためです。任天堂などのゲームメーカーが東京地裁で販売差止めの判決を得たケースもあるものの(平成21年2月27日)、常に同様の結論が得られるとは限りませんでした。
この問題を解決するため、平成23年改正(同年12月1日施行)において、不正競争防止法2条1項10号が改正されたことにより、技術的制限手段の回避機能を有する機器であれば、他の機能があっても、その販売・輸入等を違反に問えるようになりました(ただし、他の機能も併有する装置の販売・輸入等については、回避の用途に供する目的でされる場合に限られています)。これによって、マジコンの販売等を原則違法に問えることになったといえます。なお、同改正では上記の違反行為が刑事罰の対象とされており(21条2項4号)、その意味でも規制が強化されたことになります。
4.関税法
マジコンは海外で製造されていることも多いようですので、マジコン流通阻止の実効性を確保するためには、税関での水際規制も重要といえます。
この点の対処として、関税法では平成23年改正(4月1日施行)によって、不正競争防止法2条1項10号の組成物品(すなわち、おおかたのマジコンを含むアクセスコントロール回避機器)が輸出入禁止品とされました(69条の2第1項4号、69条の11第1項10号)。
5.まとめ
ゲーム機のアクセスガードを解除するタイプのマジコンについては、上記のように、販売や輸入が差止および刑事罰の対象となり(不正競争防止法2条1項10号・21条2項4号)、さらに輸入禁止品とされたことで(関税法69条の11第1項10号)、流通の抑止はかなり期待できるようになりました。また、今後あり得る著作権法の改正によってマジコンの製造も刑事罰の対象となれば、さらに規制が強化されることになります。
このように、三つの法律による"マジコン包囲網"は出来上がりつつあるといえますが、本来の目的であるゲームの海賊版対策のために、これで十分かどうかは、今後の検証に待つこととなりましょう。考えられる課題としては、オンラインゲームが急速に普及し、従来の「ゲーム機+パッケージソフト」型のゲーム市場を脅かす存在となりつつある現在においては、オンラインゲームの「海賊版」ないしそれに準ずるような不正利用についても、対策が必要となるかもしれません。
この点、オンラインゲームにログインするためのIDやパスワードを冒用する行為に対しては、不正アクセス禁止法(不正アクセス行為の禁止等に関する法律)違反を問うことができますが、それ以上にどのような規制が必要ないし有効なのか、オンラインゲーム特有の保護技術が前掲・文化審議会著作権分科会報告書(平成23年1月)において著作権の保護対象外とされていることは現実問題として妥当かなど、今後の議論の進展が期待されるところです。
以上
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