2012年5月30日
「私的違法ダウンロードへの刑事罰導入について」
弁護士 桑野雄一郎(骨董通り法律事務所 for the Arts)
2010年の著作権法改正により,違法配信されている著作物(いわゆる「海賊版」)を,海賊版だと知りつつダウンロードする行為は,それがたとえ私的使用目的であったとしても複製権侵害にあたることとなりました。もっとも,これについて罰則は設けられていませんでした。
現在,このような私的使用目的での違法ダウンロード(以下「私的違法ダウンロード」とします)について,与野党間で新たに罰則を設けることが検討されています。既にさまざまな議論がなされていますが,今回はこの改正案について考えてみたいと思います。なお,この改正案については著作権のみならず著作隣接権も問題となるのですが,字数の制約もありますので,本稿では著作権に絞って述べることにします。
■ 改正案の内容
罰則規定は議員立法という形で提出されることが予定されているようです。今のところ法律案要綱が公表されています。議員立法の要綱ということもあって,細かい表現についてはまだ詰め切れていないところもあるという印象ですが,おおよそ以下の点がポイントになります。
1. 対象になる著作物
「有償著作物等」となっています。これは,適法に録音・録画され,有償で公衆に提供・呈示されている著作物とされています(「等」が付記されているのは上述のとおり隣接権も対象になっているためです)。
著作権法には著作物の種類が例示列挙されていますが,罰則の対象となる著作物については特に制限が設けられているわけではありません。ただ,「録音・録画」された著作物という規定からすれば,音楽や映像が中心になるものと思います。実際,この法律案要綱でも,「音楽等の私的違法ダウンロード」という用語が使われています。
この「有償著作物等」に加えて,「その録音・録画の時においてその後有償著作物等とされることが明らかな著作物等」も対象とされています。つまり,将来公衆に提供・呈示されることが予定されている著作物も対象というわけです。
2. 対象となる行為
(1) 私的違法ダウンロード
罰則の対象となる「音楽等の私的違法ダウンロード」は,以下のように定義づけられています。
① 著作権法第30条第1項に規定する私的使用の目的をもって
② 有償著作物等について
③ 著作権を侵害する自動公衆送信を受信して行うデジタル方式の録音又は録画を
④ 自らその事実を知りながら行って
⑤ 著作権を侵害する行為
このうち,①については従来の著作権法の規定をそのまま用いているだけですので,特に目新しいことはありません。②については1.で既にご説明した通りです。③と④は著作権法第30条第1項3号の規定と同じです。このように,一定の種類の著作物について,2010年の法改正で,著作権を侵害することとされましたが罰則がなかった著作権法第30条第1項3号に該当する行為について罰則を設けることにした,というのが改正案の内容というわけです。
ところで,まず著作権法上は1.で述べた著作物(②)について自動公衆送信を受信してデジタル方式の録音・録画をすること(③)は複製権の侵害となり,それ自体が処罰対象となります。これが「原則」です。この場合の刑罰は10年以下の懲役と1000万円以下の罰金のいずれか,またはその両方ということになっています。
ところが,当該録音・録画が著作権法第30条第1項の私的使用を目的として行われた場合(①)には,複製権侵害とはならず,処罰対象ともなりません。これが「例外」です。
ただ,その場合であっても,自動公衆送信が著作権を侵害するもので(③),つまりオンライン海賊版で,そのことを知りながら録音・録画をした場合(④)には複製権侵害になるというのが2010年の法改正で設けられ著作権法第30条第1項3号の規定で,つまり,「例外の例外」を設けたということになります。これに罰則を設けようというのが今回の改正案です。「例外の例外」ですから「原則」に戻って10年以下の懲役と1000万円以下の罰金のいずれか,またはその両方という刑罰が科せられてもよいところですが,改正案では2年以下の懲役と200万円以下の罰金のいずれか,またはその両方ということになっています。
このように見てくると,上の①~④の要件を満たすと民事法上著作権侵害となるわけですから,⑤は確認的なもので,特に独立した要件として考える必要はないといえます。
(2) 「自らその事実を知りながら行って」という要件
なお,損害賠償義務などの民事法の世界では,故意の場合(わざと著作権を侵害した場合)だけでなく過失の場合(わざとではないが不注意で著作権を侵害した場合)も責任を問われることになっています。ですから,私的違法ダウンロードについても,海賊版だと知っていた場合(故意の場合)のみならず,不注意により知らなかった場合(過失の場合)でも責任を問われる余地がありました。しかし,2010年法改正では,後者の過失の場合についても責任を問うのは利用者に酷だという考えから,前者の故意の場合にだけ責任を問うこととしました。これが著作権法第30条第1項3号で④の要件が設けられた理由です。
ところが,今回の改正案で問題となる刑事法(罰則)の世界では,もともと故意の場合しか処罰対象とはされていません。つまり,海賊版だと知らなかった場合には―たとえ不注意により知らなかったとしても―処罰はされないことになっていたわけです。ですから,(異論はあると思いますが)④の要件は故意が認められるかどうかの議論に収斂されるもので,独立した要件とする必要はないと思います。この要件については次の項目でもう少し考えてみましょう。
■ 故意について
今回の改正案については賛否両論が飛び交っていますが,最も問題とされているのは上記④の「自らその事実を知りながら」という要件ではないでしょうか。今回の改正案に賛成の立場からは,海賊版と知りながら録音・録画するという悪質な行為だけを処罰対象とするのだから,問題はないということになるのでしょう。しかし,この考え方には少し問題があるように思います。
まず,刑事法の世界での「故意」は「海賊版だと知っていた」という確定的な故意には限られません。「もしかしたら海賊盤かもしれないが,それでも構わない」というような場合(いわゆる未必的故意)にも故意があるとされます。著名な音楽や映像については,適法に自動公衆送信が行われているサイトはある程度限られるでしょう。ですから,それ以外の(違法な公衆送信を行っている)サイトを通じて録音・録画する場合には少なくとも未必的故意はあったと評価される可能性があります。動画配信サイトなどでは,適法なものと違法なものとが混在しているようなものもあります。そのようなサイトで自動公衆送信されている音楽・映像を録音・録画するような場合には,たとえ結果的に違法なものであったとしても,そのことについては未必的故意すらないと言いたいところです。しかし,現に違法な映像が配信されている(可能性がある)事実が一般的に知られている以上,未必的故意はあったと評価される可能性は否定できません。このように考えると,インターネットを通じた作品の録音・録画にはかなり慎重にならざるを得なくなるだろうと思います。
また,著作権法では許諾を得なくても適法に著作物を利用できる場合があります。例えば引用に関する著作権法第32条第1項に従えば,音楽や映像を「引用」という形で利用した記事・文章を(引用した音楽・映像と共に)自動公衆送信することができます。この場合の,音楽や映像の自動公衆送信が適法かどうかは「引用」の要件を満たしているかどうかによります。仮に引用の要件を満たしていなかった場合,音楽や映像の自動公衆送信は違法ということになります。ですから,このような引用の要件を満たしてない記事・文章をダウンロードする際に,引用されている音楽・映像を併せて録音・録画してしまうと,処罰対象ということになります。「引用」の要件を満たしていると思っていたから,違法な自動公衆送信とは知らなかった,だから故意がないと反論したくなるところです。しかし,「引用」の要件を満たしているかどうかは法的な評価の問題なので,このように思っていたとしても故意は認められてしまうでしょう。「引用」の要件を満たすかどうかは,時には著作権法を勉強した人でも判断に悩むこともありますから,一般の方にはとても判断がつきません。となると,「引用」という形で自動公衆送信されている音楽・映像の録音・録画は―それが「引用」の要件を満たしていて適法である場合にも―自粛してしまうことになってしまうと思います。
このように,「自らその事実を知りながら」という要件を設けたことで悪質な場合だけが処罰されるということにはならないのではないかという気がするところです。
■ 補足~親告罪について
今回の改正案については,処罰するほどの違法性がない行為まで処罰されてしまうという反発の声があります。これに対して賛成派からは,私的違法ダウンロードに対する罰則は被害者の告訴を受けて捜査する親告罪としているので,捜査の慎重さは担保されるという反論が述べられているようです。ただ,「親告罪」は「告訴がなければ起訴できない犯罪」であって,「告訴を受けて捜査する犯罪」ではありません。刑事法では,親告罪における告訴はあくまで起訴するための要件に過ぎず,捜査をするための要件ではないので,告訴がない状態でも捜査機関が親告罪について捜査することには何の問題もなく,逮捕・勾留や家宅捜索などの強制捜査も可能だと考えられています。告訴がない限り起訴されませんから処罰をされることもないわけですが,少なくとも捜査対象者となり,逮捕・勾留や家宅捜索を受ける可能性はあるといえます。
なお,著作権法違反の罪の多くが親告罪とされている点については,環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)において,米国側から非親告罪化することが要求されており,現在議論がなされているところです。
■ 最後に
賛成派の考えの背後には,2010年法改正後も私的違法ダウンロードが後を絶たないので罰則も設けたいという事情があるのだと思います。そのこと自体は理解できなくもないのですが,やはり現在の法律案要綱を見る限り,処罰範囲が広くなりすぎると共に,処罰を恐れるあまり本来は適法な行為まで委縮させてしまうのではないかという問題があるように思えてなりません。
今後改正についての議論が進む中で,具体的な法律案・条文の案も固まってくるだろうと思います。罰則が導入されるのかどうかと共に,具体的にどのような条文になるのか,注意して見守りたいところです。
※ 「音楽等の私的違法ダウンロードの防止に関する法律案要綱」(PDF/53KB)
以上
法的若しくは専門的なアドバイスを目的とするものではありません。
※文章内容には適宜訂正や追加がおこなわれることがあります。