2013年4月 3日
「マリア・パランテはかく語りき
―米国著作権局長による著作権法改正提言を全訳する」
弁護士 中川隆太郎 (骨董通り法律事務所 for the Arts)
1 はじめに
去る3月15日に安倍総理が交渉参加を表明し(記事)、日本も正式に交渉に参加することとなったTPP。そのTPPの交渉において米国から要求されていると報じられる項目の一つに、著作権の保護期間の大幅延長があります(知財分野の要求内容の詳細については、福井弁護士のコラムや新書などをご参照下さい)。ところが、当の米国の著作権局のトップであるマリア・パランテ氏が、連邦議会での公聴会において、おそらく米国史上初めて、米国著作権局長として著作権の保護期間の「短縮」を含む著作権法の改正を提言したと報じられ、日本でも注目を集めています(米国では、今のところ大手一般メディアは大きく報じていないようですが、それでもVarietyやBillboardなど主要誌で詳報されています)。
もっとも、公開されている上記公聴会での意見陳述の原稿(予定稿)[PDF:124KB]や、実際の意見陳述の様子を撮影・公開した動画、そしてそれに先立って行われたパランテ氏のコロンビア大学ロースクールでの講演録[PDF:339KB]によれば、パランテ氏の提言の内容は実に幅広い項目に及んでいます。これに対し、日本では保護期間の「短縮」の提案に注目が集まっている反面(もちろんこの点だけでも画期的ですが)、その他の内容についても詳しく触れている発言は多くはありません。
そこで、提言内容の実現性は未知数であるものの、資料としての重要性や興味深い内容に鑑み、意見陳述を全訳してみました(なお、翻訳にあたっては、わかりやすさを重視して一部意訳しています。また、あくまで参考訳であり、翻訳の正確性については保証の限りではありませんので、予めご了承下さい)。いったい、パランテ氏はどのような提言を行ったのでしょうか。
2 パランテ氏による意見陳述原稿全訳
[参考訳]
米国著作権局長マリア・A・パランテによる意見陳述
裁判、知的財産及びインターネットに関する小委員会
司法委員会
米国下院第113議会第1会期
2013年3月20日
「著作権局長による米国著作権法改正の要請」
本日は、皆さんの前で著作権法の現状について議論する機会をいただきありがとうございます。私のメッセージはシンプルです。それは、著作権法は年月の経過による歪みを見せており、皆さんにご注目頂く必要があるということです。既に多くの指摘があるとおり、(現在の著作権法では)著作者は効果的に保護されておらず、誠実な企業が明瞭なロードマップを持てずにいます。また、裁判所も十分な方向性を持つことができておらず、そして、消費者やその他の一般市民はますます苛立っています。問題点は非常に多い上に、複雑で、相互に関連しています。そして、それらは、国民全体を含む著作権法の生態系(エコシステム)のあらゆる部分に影響を及ぼしています。米国連邦議会は、これからお話しする理由により、著作権法のより広範な改正の一環として、今後数年をかけてこれらの問題に包括的に取り組むべきです。包括的な努力により、一歩下がって、問題を時に全体的に、時に細かく検討することや、問題が全体として著作権法上の公平性にどのように関係しているのか、あるいはしていないのかについて検討することが可能となるでしょう。特にこの小委員会には、著作権法の特定の条文の改正だけにとどらまず、文化と商業の双方にとって同様に利益となる先進的な枠組みを作り出すという、小委員会がこれまでに成し遂げてきたことを改めて実行するチャンスがあります。
議会が著作権の分野で広範囲に及ぶ決議を行ってから15年が経ちました。その間、議会は法と商業の発展の点で、非常に明白かつ広範囲にわたる足跡を残すことができました。(たとえば、)議会は、ネット上の媒介者(例:インターネットサービスプロバイダ)の「交通ルール」や、著作権者によりコンテンツ保護のために用いられる技術的保護手段(いわゆる「TPM」)の回避を一般的に禁止する規定を創設したデジタルミレニアム著作権法(「DMCA」)を制定しました。またDMCAは、フェアユースその他の非侵害利用を促進するため、申立人が当該事案につきTPM条項の適用を一時的に除外するためのルール作りの仕組みも創設しました(「1201条ルールメイキング」)。
とはいえ、現行の著作権法の大部分は1976年に制定されたものです。交渉に20年以上を要した同法は、アナログの問題に取り組むため、そして、米国とベルヌ条約という国際的な基準とのさらなる調和のために起草されたものです。加えて、現行の著作権法は、バランスと歩み寄りを達成したものとして、正当にも多くの人に支持されていますが、その長い時間の積み重ねの結果、21世紀においても実効的でありうるとの希望は叶いませんでした。事実、1976年改正の多くの場面で議会と密接に協働した元著作権局長のバーバラ・リンガーは、後日、同法のことを「古き良き1950年の著作権法」(good 1950 copyright law)〔筆者注:おそらく、「1950年頃基準の良い著作権法」といった意味でしょうか。〕と呼んだほどです。
私は、今こそ議会が、従前よりももっと先進的でより柔軟な、「偉大な次世代の著作権法」(The Next Great Copyright Act)について考えるべきときだと思います。なぜなら、コンテンツが21世紀の生活のいたるところに広く普及している以上、著作権法もまた、それを扱う必要がある人にとって、より専門的でなく、もっと役に立つものであるべきだからです。確かに、ある程度の指針は規則や教育により示されうるものです。しかし、私が言いたいのは、著作権法の基本的な規則を理解するのに弁護士の軍勢が必要となるようなら、今こそ新しい法律が求められている、ということです。
議会が検討すべき中心的な問題は、デジタル時代において、何を著作権者の支配下に置き、何を支配下に置かないかです。私は、著作権者による支配が絶対的であるべきだとは思いませんが、有意義なものである必要があると思います。世界中の人々はますますモバイル機器を使ってコンテンツにアクセスするようになっており、その中で、19世紀、そして20世紀の著作権法において正に中心であった物理的な複製物を必要とし、又はそれを求める人はますます少なくなっていくでしょう。
また、政策論争において哲学的な議論が行われる中で、著作権法の改正は、最終的には、複雑で時に難解な条文の交渉、すなわち、議会の指導力と著作権局のような専門機関の補助が必要となる交渉へと帰着します。問題のリストは長いものです:独占的な権利の範囲の明確化、図書館やアーカイブのための例外規定や制限規定の修正、孤児著作物への取り組み、(様々な理由により)印刷物を読めない人々への対応、教育機関への指針の提供、適切な場合の付随的複製に関する適用除外、執行に関する規定のアップデート、法定賠償に関する指針の提供、DMCAの有効性の再検討、著作権侵害の少額賠償請求(small copyright claims)の支援、音楽市場の改編、有線送信及び衛星送信の枠組みのアップデート、新しいライセンス制度の促進、そして、著作権登録・記録システムの改善です。
そうは言っても、議会は、多くの中心的な問題について既に土台を築いており、何もないところから始める必要はありません。例えば、議会は既に10年以上にわたって録音物に関する公の実演権について議論を重ねている上、市場において音楽の著作物がライセンスされる方法の改善についても真剣に検討しています。それゆえ、これらの問題については、解決へ向けて機は熟しています。
同様に、議会は近年、ファースト・セール・ドクトリンや孤児著作物、図書館に関する例外規定、法定ライセンス制度の改良、1972年2月15日以前の録音物(pre-72 sound recordings)の連邦法による保護、そして書籍のマスデジタイゼーション(大量デジタル化)など、多様かつタイムリーな項目に関する多くの研究を著作権局に要請してきました。さらに、著作権局は著作権侵害の少額賠償請求及び視覚芸術家への再販売ロイヤルティについても報告の準備を進めています。
議会はまた、著作権法が今日においても有意義で実用的なものであることを確かにするためには、「偉大な次世代の著作権法」について新しい目で見る必要がありそうです。そして、そのためには、著作権法の一般的な枠組みに関するいくつかの大胆な調整が必要となるでしょう。まず、著作権の保護期間が長いことによりもたらされる圧力や行き詰まりをいくらか軽減することについて検討してはいかがでしょうか。軽減する方法としては、例えば、著作権者の遺族や相続人がその利益を著作権局に登録しない限り、著作者の死後50年間の経過により著作物をパブリックドメインとする方法があります。また、やむを得ない事情がある場合には、「著作権者はその著作物の複製及び頒布について事前に許諾を与えるべきである」という著作権法の一般原則を覆すべきです。例えば、教育機関や図書館による有償又は無償での一定の利用については、著作権者に対し、そのような利用を防ぐには異議を述べ、又は「オプトアウト」するように求めることが考えられます。
議会が著作権法の改正を検討する場合、公共の利益をいかに最優先で達成するかが第一の挑戦となるでしょう。これは公共の利益をどのように定義し、誰がその代弁者となるかという点を含みます。自らが適任であると感じる組織はいくらでもあるかもしれません。また、多くの論点において、実際に様々な発言者がありえるところです。しかしながら、(代弁者となるべき)団体や代理人が一つ(一人)だけ存在する訳でもありません。そのため、著作権法の改正に当たり、議会は著作権法上の公平性を全体として考察し、全体の枠組みにおける調和を目指して努力すべきです。著作権法を、表現の自由のためのセーフハーバーや適正手続の保障、アクセスの仕組み、そして知的財産への敬意を兼ね備えたものとすることは可能であり、そして必要なことなのです。
このような目的で、議論に争いがなければよいと私が望んでいることについて述べたいと思います。著作者の問題は、公共の利益と絡み合っています。著作権法による第一の受益者として、彼らは公共の利益の対抗勢力ではないどころか、考慮すべき要素の正に中心です。連邦最高裁の言葉を借りれば、「著作権法の直接の効果は、著作者の創作的活動に対する公正な対価を保証することである。しかし、その究極的な目的は、このような著作者に対するインセンティブにより、一般公共の利益のために、芸術的創造性を促進することである」。議会には、作詞(作曲)家や作家、映画製作者や写真家、そして視覚芸術家を含む著作者のことを心に留めておく義務があります。著作者を養えない法律など不合理であり、それはもうほとんど著作権法ではないでしょう。
最後に、著作権局を進化させることを「偉大な次世代の著作権法」の大きな目的とすべきです。要するに、「21世紀の著作権法」が「21世紀の政府機関」なしで十分に機能するのは難しいだろうということです。著作権局の専門知識は、(著作権局の)公式研究や議会での公聴会、条約交渉、貿易協定、政策提案、そして、法解釈(法律やその立法の歴史における法解釈はいうまでもなく、裁判所の判断における法解釈も)を含む、過去100年にわたる無数の貢献に反映されています。しかしながら、今日では、多くの有権者は、著作権局に対し、著作権局がこれまで行ってきたことをより望ましい形で行うよう求めるとともに、著作権法がより機能するよう新たな助力を行うこと―少額賠償請求の裁定機関による仲裁・和解業務の提供を管理することから、勧告意見を発表することまで―を希望しています。さらに、既に他の指摘があるように、著作権法の条文は過度に詳細になり、以前より迅速な対応ができなくなっています。もし一定の側面を行政的に対処することができれば、著作権法も今よりも有用で柔軟なものになるでしょう。
終わりに、この小委員会のメンバーに対し、その著作権政策に関する関心や関与に対する感謝の気持ちを表明するとともに、大きな視野でお考え頂くようお願いしたいと思います。「偉大な次世代の著作権法」は、皆さんが包括的に取り組めば実現可能です。そして、これまで通り、著作権局のスタッフは皆さんのために行動します。
3 主要な項目の概要
いかがでしょうか。少々読みづらかったかもしれませんが、幅広い項目に言及し、著作権法の全面的な改正を説く、意欲的な提言であることはご理解いただけたかと思います。以下では、改正の検討対象として挙げられている項目のうちの主要なもの5点について、前記の動画や講演録などを参考に内容や方向性を簡潔にまとめてみます。
(1) 著作権の保護期間(Copyright Term)と孤児著作物(Orphan Works)
現行の米国著作権法では、著作権の保護期間は原則として著作者の死後70年とされています。しかし、パランテ氏は「どうすれば著作権の保護期間をもっと実用的なものとできるか検討が必要」と述べ、そのための方策として、著作権保護期間の「短縮」と、孤児著作物に関する規定の創設を提案しています(なお、彼女は、昨年10月に米国著作権局長として公表した孤児著作物法案に関するNotice of Inquiryにおいて、保護期間の延長により孤児著作物が増加したと明言しています)。
前者は、(i)遺族や相続人が著作権局に登録した場合は、当該著作権の保護期間は著作者の死後70年とするが、(ii)遺族や相続人が登録を行わなかった場合には、著作者の死後50年の経過をもってパブリックドメインとするよう改正してはどうか、という提案です。このような提案についてパランテ氏は、公平なバランスのため、保護期間の最後の20年間について、負担をユーザーから著作権者へシフトすること(それまではユーザーが著作権者を探し出して許諾を得るという負担を負っている)も可能であろうと述べています。
また、後者の孤児著作物法は、米国著作権局が2006年に提案したもので、きちんと調査しても著作権者の分からない作品については、ユーザーが利用しても損害賠償責任を負わないとする(損害賠償による救済を制限する)ものです(なお、欧米における孤児著作物関連の近時の動き、そして日本での早急な対応の必要性については、福井弁護士のこちらの記事をご覧下さい)。
(2) オプトアウト方式の導入
次に、パランテ氏は、著作権法上、一定の場合についてオプトアウト方式を取り込むよう提言しています。具体例として、教育機関や図書館による有償又は無償での一定の利用が挙げられています。このほか、講演録においては、オプトアウト方式の導入の例の一つとして、いわゆる拡大集中権利管理制度(一定の分野において著作権者を適切に代表すると認められる集中権利管理団体に対し、権利管理が委託されていない著作物についても、利用許諾と利用料の徴収を認める制度です。英文における頭文字をとって、ECLと言われることもあります)の導入の可能性についても言及されています。
(3) 執行(Enforcement)
パランテ氏の講演録では、著作権の執行面についていくつかのトピックに言及されていますが、ここでは、その中でも少額賠償請求(small copyright claims)を紹介します。
同氏は、たとえ権利の内容が充実しても執行(実現)できなければ何の意味もないと断じた上で、著作権訴訟の費用が高額である現状を問題視しています。そして、そのような現状を改善するための策として、少額賠償請求のための新制度(具体的には、簡素化・能率化された裁定手続の創設)を提案しています。また、そのような新制度において、著作権局が一定の役割を果たす意欲を持っていることも示唆しています。
なお、著作権局では現在、少額賠償請求についての意見を募集しており、少額賠償請求に関する報告書を作成中であるとのことです。
(4) デジタル著作物とファースト・セール・ドクトリン(Digital First Sale)
ファースト・セール・ドクトリンとは、「著作権者が著作物の複製物を売却等により市場に流通させた場合、当該複製物のその後の譲渡について著作権者の権利は及ばず、複製物の所有者は著作権者に許諾を得ることなくこれを譲渡することができる」というルールで、これによって購入された作品の転売などが可能になります。パランテ氏は、デジタル著作物についてもファースト・セール・ドクトリンが適用されるのかという問題について、改めて検討すべきだと説いています(なお、2001年の著作権局のレポートでは適用に消極的な見解だったようですが、今回の同氏の提案は、いずれかの結論を示唆する内容にはなっていません)。なお、つい先日(2013年3月30日)も、まさにこの点が争点となっているCapitol Records vs ReDigi事件(デジタル著作物の中古販売のプラットフォーム業者であるReDigiが提訴され、著作権侵害の成否が争われていた事件)について、ニューヨーク南部地区の連邦地方裁判所がユーザーのダウンロードしたデジタルの音楽著作物につきファースト・セール・ドクトリンの適用を否定し、侵害を認める判断をしたことが大きく報じられています(記事)。また、EUでは昨年7月にこれと反対の判断がなされるなど、世界的にも注目を集めている論点といえるでしょう。
また、上記公聴会の前日である2013年3月19日には、Kirtsaeng事件連邦最高裁判決[PDF:355KB]により、米国外で適法に製造・販売された著作物についてもファースト・セール・ドクトリンは適用されるとの判断が示されました。しかし、パランテ氏はこの点についても、あるべき制度を改めて検討すべきだと述べています(前記動画参照)。
(5) 録音物に関する公の実演権(Performance Right for Sound Recordings)
著作物に関する公の実演権と比べて、録音物に関する公の実演権がデジタル送信に限定され、伝統的な無線放送について認められていないことや、報酬請求権の面でも著作物より不利である点について、これを是正するよう提案しています。
4 終わりに
以上の整理からも垣間見えるように、今回のパランテ氏の提言は画期的な内容を含むものであり、その内容も多岐にわたります。今回の提言を受けて、米国著作権法を改正する動きが出るのかどうか(まして、提言された方向でその改正が行われるのかどうか)は、現時点では全く分かりません。しかしながら、これまでの世界のコンテンツ政策に対する米国の影響力の大きさを考えれば、米国において改正の動きが起きた場合、日本を含む各国の著作権法制にも無視できないインパクトがあることは、おそらく間違いないでしょう。今後しばらくは、ますます米国での動きから目が離せないものと思われます。
以上
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