2013年11月28日
「著作者を亡くした著作物の行方~愛しの『アンパンマン』に捧ぐ~」
弁護士 唐津真美(骨董通り法律事務所 for the Arts)
■ やなせたかしさんのご逝去に寄せて
先日『アンパンマン』の作者として知られる漫画家のやなせたかしさんが亡くなりました。筆者は、やなせさんのご逝去に際して、著作者が亡くなった後の著作権に関する取材を受けたのですが、「著作権は消滅する?」という刺激的なタイトルの記事になったためか、思いがけず多くの方に読んでいただいたようです。多くの要素が絡んだ複雑な問題であるにも関わらず、取材記事では紙面の都合上簡略な解説にとどめざるを得ませんでしたので、この機会に、この問題をもう少し丁寧に解説したいと思います。
アンパンマンは国民的に有名なキャラクター・作品であり、多様な利用形態についても読者の皆さんがイメージを持ちやすいと思いますので、本コラムでもアンパンマンを例に挙げながら説明しています。ただし、筆者はアンパンマンの具体的な権利関係や契約関係について熟知している訳ではありませんので、本コラムは、アンパンマンの著作権の行方について具体的な結論を出すことではなく、著作者が亡くなった後の著作物やその利用に関する一般的な解説を目指しています。何卒ご了承ください。
■ 著作権の保護期間を整理する
著作権の保護期間は著作者の死後50年間、と覚えている人も多いでしょう。現在、TPP(環太平洋経済連携協定)の動きとも関連して保護期間延長の問題が議論されていますが、現時点では、日本の著作権法における著作権の保護期間は、著作物の創作の時に始まり、原則として「著作者の死後50年間」存続すると規定されています(著作権法(以下「法」)51条)。正確に言うと、保護期間は著作者が亡くなった日が属する年の翌年から起算されるという規定になっているので(法57条)、2013年10月13日に亡くなったやなせさんの場合、50年間の保護期間は、2013年10月14日ではなく2014年1月1日から起算され、2063年12月31日まで続くことになります。
保護期間についてはいくつかの例外が定められています。一例として、氏名表示をせずに(無名)公表された著作物や、本名と異なる氏名(変名)で公表された著作物については、著作権の保護期間は「公表後50年間」と規定されています(法52条1項)。このような場合は著作者が特定できず、著作者の死を基準とすると第三者から見て保護期間が不明確だからです。やなせさんの本名は「柳瀬 嵩」ですので、「やなせたかし」の名前で公表された著作物は「本名」で公表されたといえます。一方、やなせさんは作曲家として活動する際に「ミシェル・カマ」という名義を使っていました。「ミシェル・カマ」名義で公表された作品は「変名」で公表された著作物といえます。では「ミシェル・カマ」名義の作品の著作権の保護期間は公表から50年間になるのかというと、そうではありません。著作権法上、変名が著名な作家のペンネームで、その作家の変名として知られている場合には、原則である「著作者の死後50年間」の規定が適用されることになっているからです(法52条2項)。やなせさんが本名または周知の変名で公表した作品の著作権保護期間は、いずれも原則として2063年12月31日まで存続することになります。
■ 著作権者が亡くなった場合の著作権の行方
それでは、著作者が亡くなった場合の著作権の行方について考えてみましょう。著作権は譲渡することができるので、著作者が亡くなった時点で、著作者が著作権を持ち続けているとは限りませんが、まずは、「著作者が亡くなるまで単独で著作権を持っていた場合」について検討します。
著作権は、通常の財産と同様に相続の対象となります。遺言によって誰かに譲り渡すこと(遺贈)も可能です。本コラム執筆時点までの報道によれば、やなせさんには法定相続人はいないようですが、遺言により受取人を指定していれば、指定された法人や個人が著作権を引き継ぐことになります。
著作権について複数の相続人がいる場合は、著作権は共有されることになります。著作権が共有されている場合、共有著作権者全員の同意がなければ著作権を行使することができません(法65条2項)。対象となる著作物の著作者(=著作権者)の死後、著作権保護期間中に著作物の利用を希望する人は、原則として全相続人から許諾を得る必要があることになります。古い作品の場合、相続人の所在を確認することさえ難しいケースもあり、著作物の利用が困難になる場合も多くみられます。共有著作権については、共有者を代表して権利を行為する人を決めておくことができますので(法65条4項、64条3項)、著作者の死後、著作権を複数の相続人に相続させつつ作品を広く活用できるようにするためには、代表者を決めておくことが望ましいでしょう。
著作者が生前に著作権を第三者に譲渡していた場合、著作者が相続人のいない状態で亡くなったとしても、現在の著作権者には影響を与えません。譲渡されていた著作権は、そのまま保護期間が満了するまで存続することになります。なお、ネット上では、アンパンマンの著作権に関して「生前からやなせさんの会社が管理していたから問題ないはずだ」という趣旨の発言が見られました。確かに、やなせさんが、アンパンマンの著作権をご自分の会社に「譲渡」していたのであれば、やなせさんの相続人の有無がアンパンマンの著作権に影響を与えることはありません。しかし、やなせさんが、著作権を自分で保持し、会社に著作権の管理を委託していたに過ぎないのであれば、著作権者に相続人がいない場合について検討し、さらに、会社に対する業務委託契約がどうなるのかという点を検討することが必要になります。
■ 国庫には行かない?-著作権者に相続人がいない場合の特別規定
相続人がいない場合、相続財産はどうなるのでしょうか。法定相続人も遺贈の受取人もいない場合、相続財産は国庫に帰属すると一般的に理解されていますが、実は、そこに至るまでにはいろいろな手続を経る必要があります。相続人が明らかではない場合、家庭裁判所は相続財産管理人を選任し、この相続財産管理人が、亡くなった人の債務を支払うなどして清算を行います。相続人を捜索するための公告も行われます。公告をしても所定の期間内に相続人であると主張する者がなく、一方で、亡くなった人と生計を同じにしていた人(内縁の妻など)や、療養看護に努めた人などのいわゆる「特別縁故者」から請求があって、その請求が相当だと認められる場合、家庭裁判所は、相続財産の全部又は一部を特別縁故者に与えることができます。
法定相続人も遺贈の受取人もおらず、財産分与を申し立てる特別縁故者もいない場合、通常の遺産であれば、ここでようやく国庫に帰属することになります(民法959条)。やなせさんが亡くなり法定相続人がいないと報道された際には、ネット上で「アンパンマンは国庫に帰属しちゃうのでは?」というコメントも見られましたが、実は、著作権については、特別の規定が存在します。著作権者が死亡し、通常の財産であれば国庫に帰属することになる場合、著作権はなんと消滅してしまうのです(法62条1項)。「著作権が消滅する」ということは、誰もその作品が使えなくなるという意味ではありません。著作権の保護期間が満了した状態と同様に、誰もがその作品を自由に使えるようになるのです。(もっとも、後で述べるように、まったく無制限に使えるとまでは言えません。)
相続人がいない場合に著作権が通常の財産と異なる取り扱いを受ける理由は、文化の発展の観点から説明されています。著作権が帰属する個人も法人もいなくなった場合には、国家に帰属させて国有財産として国家が権利を行使するよりも、その著作権を公共の財産として自由な利用に委ねる方が文化の発展に寄与することになるだろう、という理由です。
そういうわけで、もしやなせさんが単独でアンパンマンの著作権を持っており、法定相続人も遺贈の受取人もおらず、財産分与を申し立てる特別縁故者もいない場合には、著作権法の規定に従って、アンパンマンの著作権は消滅することになります。
なお、映画の著作物に関しては、相続人不存在の場合の著作権の帰属についてさらに特別の規定が設けられていますが(法62条2項)、本コラムでは割愛します。
■ 著作権が共有されていた場合
複数の著作者が共同して作品を創作した場合、その著作物は「共同著作物」と言われます。共同著作物の著作権は、複数の著作者のうち最後に死亡した著作者を基準に、その著作者の死後50年間保護されます(法51条2項)。たとえば、やなせさんと理科の先生である鈴木一義さんの共著による『アンパンマン大研究』(フレーベル館)という本(傑作!)があるのですが、鈴木一義さんがご存命中であれば、『アンパンマン大研究』の著作権の保護期間のカウントは、まだ始まっていないことになります。
また、共同著作物に限らず、1つの作品の著作権が複数の著作権者によって共有されている場合、著作権者の1人が相続人不存在の状態で亡くなると、消滅すべきその持ち分は、他の共有著作権者に帰属することになります(民法255条)。『アンパンマン大研究』を例にすれば、やなせさんの持つ著作権を引き継ぐ人がいない場合、本の著作権は、共著者である鈴木一義さんが単独で持つことになるのです。
また、やなせさんは「アンパンマン」の漫画を描き、あるいはキャラクターのデザインを創作していました。この場合、漫画やキャラクターのイラストがやなせさんの手による「原著作物」であり、これらをベースとして制作されたアニメや映画は「二次的著作物」といえます。原著作物の著作者は、二次的著作物の利用に関して、二次的著作物の著作者と同様の権利を持っています(法28条)。二次的著作物の著作権を共有しているわけではありませんが、二次的著作物の利用について原著作者の同意が必要なので、原著作者の相続の問題は、二次的著作物の利用においても重大な影響を持つことになります。二次的著作物の権利関係の詳細については書き始めると長くなるので、また別の機会に譲りたいと思います。
■ 既存のライセンス契約はどうなるのか
アンパンマンは、絵本、アニメ、映画、キャラクター商品等、非常に幅広く利用されています。これらの多くは、著作権者からライセンスを受けた者(ライセンシー)によって制作されています。二次利用が大々的に展開される著作物の場合、著作権者自身が契約当事者になっている場合もあれば、著作権者から作品の利用に関する包括的な代理権を与えられたエージェントがライセンス契約を締結する場合や、著作権者から包括的なライセンスを受けたマスターライセンシーが自ら契約当事者となって、サブライセンス(再許諾)の形で第三者にライセンスを与えるケースもあります。
著作権のライセンス契約は、著作権者の死亡後も、所定の契約期間が終了するか、前提となる著作権が消滅しない限りは存続します。著作権者の死亡によって契約が終了するという規定がある場合や、契約の内容に照らして著作権者の死亡によって当然に終了すると解釈される場合は別です。(なお、ライセンス契約に著作権以外の付随的な権利(商標権等)のライセンスが含まれている場合や、その他の独立した権利義務の規定が含まれている場合は、著作権が消滅しても契約の一部が存続する可能性もあります。)著作権者自身が契約当事者になっている場合(エージェントが著作権者の代理人として契約を締結している場合も含みます)は、亡くなった著作権者の契約上の地位が、相続財産として相続人に引き継がれることになります。この場合、今まで許諾を受けていたライセンシーは、契約の規定に従って引き続き著作物を利用することが可能であり、使用料を著作権者から契約上の地位を引き継いだ者に支払うことになります。著作権者と独立のマスターライセンシーとサブライセンシーの間のライセンス契約であれば、著作権者が死亡しても当事者の変更もなく継続することになります。
著作権者が亡くなっても、ライセンス契約が継続すればライセンシーは安泰かと言えば、そうとも限りません。ライセンス契約の場合、二次的作品や商品のクオリティを維持するために、作品や商品の発表前にライセンシーが著作権者のチェックを受けることを明文で義務づける例も多く見られます。やなせさんの場合も、アニメも含めて全作品の出来を自らチェックしていたと報じられています。著作権者の事前承認を得ることがライセンシーの契約上の義務であり、著作権が相続された場合、ライセンシーは、今度は著作権の相続人から承認を得なければ作品や商品を発表できないことになります。相続人が複数存在すれば、手続きも煩雑になるでしょう。
ライセンス契約の当事者が従前と同じマスターライセンシーである場合も、心配がないわけではありません。著作権者ではないマスターライセンシーが第三者にライセンスを与えることができるのは、前提として、著作権者がマスターライセンシーに対して権限を与えているからです。著作権者の死亡が前提となる契約にどのような影響を与えるのか、ライセンシーとしては確認しておきたいところです。
いずれにせよ、ライセンス契約の存続は、対象となる著作権が存続していることが前提となっています。著作権の行方は、ライセンシーとっても大問題なのです。
なお、ライセンス契約と類似する問題として、出版権の問題があります。出版権は著作者自身が行使するわけではないので正確に言えば著作権とは別の権利ですが、出版社は、著作権者が設定した出版権に基づいて作品を出版しているという意味で、ライセンシーと類似の立場に置かれているからです。出版権についての詳細は、本コラムでは割愛します。
■ 著作権が消滅した作品は好き勝手に使えるのか-著作者人格権
先ほど、「著作権が消滅したら著作物を誰でも自由に利用できることになる」と書きつつ、まったく無制限に使えるというわけではない、と付け加えました。これは、著作者人格権の問題があるからです。
著作者の権利は、人格的な利益を保護する著作者人格権と、財産的な利益を保護する著作権(財産権)の二つに分かれます。著作者人格権には三つの権利があります。自分の著作物でまだ公表されていないものを公表するかしないか、するとすれば、いつ、どのような方法で公表するかを決めることができる権利 (公表権)、自分の著作物を公表するときに、著作者名を表示するかしないか、するとすれば、実名か変名かを決めることができる権利 (氏名表示権)、そして、自分の著作物の内容又は題号を自分の意に反して勝手に改変されない権利(同一性保持権)です。また、著作者の名誉・声望を害するような著作物の利用は、著作者人格権を侵害する行為とみなされています(法113条6項)。この権利は、名誉・声望保持権と呼ばれることもあります。
経済的な権利である著作権と異なり、著作者人格権は著作者だけが持っている権利(一身専属権)で、譲渡したり、相続したりすることはできません。したがって、著作者人格権は、著作者の死亡によって消滅することになります。ただし、著作者の死後も、著作者が生きていれば著作者人格権の侵害にあたるような行為(以下「死後の人格権侵害」といいます)は禁止されています(法60条)。アンパンマンのようにすでに公表されている作品の場合、問題になる可能性があるのは、同一性保持権と名誉・声望保持権の侵害でしょう。死後の人格権侵害には罰金刑も定められています。著作権が消滅している作品であっても、著作者の意に反した改変や、著作者の名誉・声望を害するような方法での利用は著作権法で禁じられているということは、心に留めておいてほしいと思います。
もっとも、著作者に相続人がいない場合、死後の著作者人格権にも影響があります。死後の人格権侵害が行われた場合、差し止めやその他の名誉回復のための措置を請求できる人は著作者の遺族に限られているからです。遺族の範囲については著作権法に規定があります(法116条1項)。遺族がいなければどうしようもないというわけではなく、著作者は、遺族に代えて権利行使する者を指定することもできます(同3項)。
著作者が相続人のいない状態で亡くなり、死後の人格権侵害にあたって権利行使をする者も指定されていない場合、著作者の死後に人格権侵害が行われても、罰金を科される可能性はともかく、差し止めなどの請求を受ける可能性はないことになります。
■ 「生みの親」がいなくなっても
今回は、著作者が亡くなった後の著作物の行方について、いろいろな観点から書いてみました。簡単に書くつもりでしたが、問題が多岐にわたるので、あちこち省略しながらも結構な長さになってしまいました。先日の記事では「著作権が消滅するかも!」という点がクローズアップされましたが、著作者が亡くなった後に作品を本当の意味で生かしておこうと思うと、著作権の存続だけでは足りず、権利行使や既存の契約の履行について、さまざまな対策を考えておく必要があることがわかります。
やなせさん自身は、生前、アンパンマンの将来について「おれが死んでも終わりません。誰かが続けるでしょう、永遠に」と話していたそうです。アンパンマンは自分の子どもだとも言っていたやなせさんにとっては、アンパンマンが、自分の想いを受け継ぎながら、末永く子ども達(と大きくなった子ども達)の元に届けられ、愛されることが望みだったに違いありません。ファンの1人として、筆者も、やなせさんの望みが叶うことを心から願っています。
以上
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2018年12月 4日 弁護士 小林利明(骨董通り法律事務所 for the Arts)
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