2014年3月25日
「児童演劇とJASRAC」
弁護士 桑野雄一郎(骨董通り法律事務所 for the Arts)
■ はじめに
JASRACの使用料規程については,昨年1月に当事務所の唐津真美弁護士のコラム「JASRAC使用料規程の基礎知識 - 最近の動向もご一緒に」でご紹介をいたしました。今回は,それも踏まえて,児童演劇の世界にスポットを当てて,JASRACの使用料規程について考えてみたいと思います。
読者の皆さんの中には,小さい頃に児童演劇が好きだったという方,あるいは,現在,親として,お子さんを連れて児童演劇の公演に足を運んでいるという方は少なくないことと思います。
他の舞台芸術と同様,児童演劇の世界でも様々な音楽が使用されます。中には,いずみたく,山本直純,小椋佳(敬称略)など,有名な音楽家が作曲した作品もあります。その多くはJASRACの会員で,作品の音楽著作権はJASRACに信託譲渡されていますので,公演の際に使用するためには,JASRACの使用料規程に従って使用料を支払い,許諾を得る必要があります。
では,JASRACの使用料はどのくらいの金額になるのでしょうか。使用料規程を確認しながら考えてみましょう。なお,児童演劇における音楽の使用には,演劇作品においてBGM的に使用される場合と,ミュージカル作品のように歌や踊りと組み合わさって演劇的に使用される場合があります。JASRACの使用料規程は両者を区別していますので,ここでは音楽が演劇的に使用される場合について考えてみます。また,人形劇などで行われるような小規模な公演についてもひとまず措くことにします。
■ 使用料規程が定める使用料
JASRACの使用料規程の第1章(著作物の使用料)第1節(演奏等)の1(上演形式による演奏)は,
オペラ、ミュージカル、バレエなど演劇的音楽著作物等を
上演形式により演奏する場合の使用料
について定めています。そして,この場合の使用料の算定方法には
① 公演1回ごとの使用料を算出する方法
② 1曲1回ごとに算出する方法
の2つの方法があります。有料で,会場の規模も観客数もそれなりの規模で,1回の曲の長さが5分を超えることはないという一般的な児童演劇の公演を前提とすると,いずれの場合も使用料の基準は「総入場料算定基準額」で,①の場合はその5%,②②の場合はその0.5%×楽曲数となります。つまり,使用料は
① 総入場料算定基準額×5%
② 総入場料算定基準額×0.5%×楽曲数
のいずれか,というわけです。
では,その「総入場料算定基準額」はどうやって計算されるのかというと,原則として「入場料に定員数を乗じて得た額の80%の額」と定められています。ただ,児童演劇のように継続的に公演を行う場合は,年間の公演についてまとめて許諾を得る包括利用許諾契約を締結することができ,この場合は「入場料に定員を乗じて得た額の50%の額」と定められています。ここで,「入場料」とはチケット代,「定員数」とは「演奏会等が開催される会場あるいは場所に設備されている座席等の総数」,つまり劇場の客席数です。
以上をまとめると,包括利用許諾契約を締結する場合の児童演劇の公演における使用料は
入場料×定員数×0.5×5%(又は0.5%×楽曲数)
ということになります*1。
ではこの計算式に従って,児童演劇の公演における使用料を計算してみましょう。
■ 児童演劇の公演における使用料
まず,児童演劇の公演の場合,家族連れで鑑賞される方が多いこともあり,1人あたりの入場料(チケット代)は一般の場合よりも低額で,だいたい1500円~2000円か,それ以下のことが多いと思います。一応1500円と想定してみましょう。
次に定員数ですが,児童演劇の場合,使用されるのは,県民会館や市民ホールといった公立文化施設になることが多いです(実はここが大きな問題なのですが,後述します。)。このような公立文化施設の客席数は,だいたい1000~2000席程度のことが多いです。例えば文京シビックホール(東京都)は1802席,岸和田・浪切ホール(大阪府)は1552席,船橋市民文化ホール(千葉県)は1000席,鹿児島市民文化ホール(鹿児島県)は1990席といった具合です。ここでは仮に,そしてやや抑えめに1200席とすることにします。
以上を踏まえて1回の公演の使用料を計算をすると,
1500(入場料)×1200(定員数)×0.5×5%(又は0.5%×楽曲数)
となり,4万5000円か,4500円×楽曲数となります。面倒ですから楽曲数が(やや少なめですが)10曲だとすると,1回の公演の使用料は4万5000円ということです。
次に公演数ですが,劇場を使って公演を行う児童演劇の劇団の場合,年間公演回数が数百回から多いところでは1000回を超えることも珍しくありません。劇場での公演の場合,チケット代が低額で1回の公演によるチケット代収入もあまり多くないということもあり,一日に複数回上演されるのが普通ですから,1つの演目の年間上映回数は少なくとも50回程度にはなるものと思います。そうすると,年間の使用料は225万円ということになります*2。
ところが,児童演劇の劇団の経営状態を考えると,レパートリーの1つの音楽について年間225万円もの使用料を支払えるところはほとんどないだろうと思います。きちんと統計を取ったわけではありませんが,脚本家や美術家といった,作品に関わる他の著作権者に支払われている額はせいぜい10~30万円程度でしょうから,正に桁が違う額となってしまうわけです。
このように使用料が高額になってしまう理由の一つには,「実はここが大きな問題」と書いた,会場の客席数があります。前述のとおり,児童演劇で使用される公立文化施設の客席数は1000~2000席のところが多いのですが,児童演劇の公演でこれだけの規模の劇場が満席になることは珍しく,劇場としてはやや過大という感は否めません。それでも,民間のホールよりも使用料が安い,また都市によってはそもそも他に適切なホールがないということもあり,これらの劇場を利用せざるを得ないわけです。しかし,JASRACの使用料規程の「定員数」はあくまで定員数ですから,どんなに空席があったとしても,客席数が基準となってしまいます。JASRACとしても許可申請のあった全ての公演について実際の入場者数を確認することは不可能ですからやむを得ないのですが,児童演劇の劇団としても,実際の入場料収入から考えても,また上述のとおり脚本家や美術家と比較しても突出して高額な使用料になってしまうことに悩まされることになります。
■ 児童演劇と作曲家
使用料が高額になるのはわかっているのだから,最初からJASRACの会員の作品を使わなくてもよいではないか,と思う方もいるかもしれません。
しかし,優れた児童演劇の作品の中で使われる楽曲の多くは,作曲家がその劇団,その作品のために書き下ろしたものです。そして,舞台作品は音楽や脚本や美術や演出などの要素の調和の上に成り立っているわけですから,楽曲を使わないとなると,作品自体がお蔵入りしてしまうことになりかねません。このことは,作曲家としても不本意なことではないかと思います。
実際,作曲家の中には,JASRACの使用料規程よりも低額な使用料で使ってくれて構わないという意向を示される方もいます。もともと作曲家も,子供たちに舞台芸術を楽しんでもらいたいという気持ちから,低額な委嘱料で快く作曲を引き受けた方も少なくありませんから,使用料が低額にならざるを得ないことにも理解があるわけです。
しかし,本来はJASRACの会員である以上作品の著作権者はJASRACなのですから,作曲家にそんな許可をする権利があるのか,という問題があります。
だったら作曲家から劇団が著作権の譲渡を受ければいいのではないか,というアイデアもあります。しかし,劇団が,既にJASRACに著作権を譲渡してしまった作曲家から著作権の譲渡を受けることができるのか,という問題もあります。
このようなことから,児童演劇と全く関係のない作品についてはJASRACに対する何の問題も感じていない,そのため特にJASRACと揉め事を起こすつもりのない作曲家も,
1 チケット代が低額に設定せざるをえないため入場料収入が少ない
2 その反面,上演回数が多く,また会場が大きくなるため使用料規程によると
使用料が高額になってしまう
という児童演劇の劇団のために書き下ろした作品の取り扱いについては頭を悩ませることが少なくないようです。
音楽使用料が使用料規程という形で公平かつ一律に定められることには大きな意味があると思いますが,このような特殊事情のある作品について例外的な取り扱いを認める規定が使用料規程の中にあってもよいのではないか,そのことが作曲家の意思にも沿うでしょうし,音楽文化の発展にも資するのではないかと思うところです。
■ 最後に
なお,作曲家が劇団に対し使用料規程よりも低い使用料で上演の許可を出すこと,また劇団に対し音楽著作権を譲渡すること,といいうアイデアについて,そもそもJASRACの会員となり,著作権をJASRACに譲渡してしまった作曲家にそんなことができるのかという問題があると書きました。
しかし,実は法律上はそのようなことも可能と考えられます。例えばAが不動産をBに譲渡した後に,Cに貸したり譲渡したりすることも可能とされているのです。このような場合,BがCに対して自分が権利者だと主張するためには,Aから権利の譲渡を受けたことについて対抗要件を備えなければならないとされています。不動産の場合だと登記で,著作権の場合は登録です。ですから,JASRACは,作曲家から著作権の譲渡を受けた,あるいは使用料規程よりも低額な使用料で許諾を得た劇団に対して,自分が著作権者だと主張して使用料規程に従った使用料を請求するためには,作曲家から楽曲の著作権の譲渡を受けたことについて登録をしていないといけないわけです。ところが,JASRACが管理している楽曲について登録をしているということはありません。
もっとも,そんなことで問題がややこしくなっても誰も喜びはしません。上述のとおり,JASRACの使用料規程に,若干の例外的取扱いを認める規定が盛り込まれて欲しいと思うところです。
なお,今年の1月1日より,JASRACの使用料規程が改正され,以下の規定が新たに設けられました。
(著作権の信託及び管理に関する経過措置)
(中略)
2 委託者(音楽出版者を除く。)は,第11条第1項の規定にかかわらず,当分の間,信託著作権の管理範囲について,あらかじめ受託者の承諾を得て,次に掲げる留保又は制限をすることができる。
(中略)
(3) 委託者が,依頼により著作する演劇のテーマ音楽若しくは背景音楽の著作物又は演劇的音楽著作物(使用料規程第1章2の演劇的音楽著作物をいう。)について,当該依頼者である公演の製作者又は主催者に対し,その依頼目的として掲げられた一定の範囲の使用を認めること。
これによると,演劇的音楽著作物の委嘱作品については,委嘱の範囲,つまりいわゆる初演については,例外的取り扱いが認められたことになります。
あくまで「当分の間」という措置ですが,これが恒常化すること,過去の委嘱作品についても遡って適用が認められること,さらには再演についても拡大されることが期待されます。ただ,全ての演劇的音楽著作物についてそのように拡大することは難しいかもしれませんが,本稿で紹介したような児童演劇用の作品も視野に入れれば,せめて児童演劇用の作品については留保・制限を認める,あるは使用料の計算方法を柔軟に認めるといったことを期待したいところです。
以上
*1:
なお、平成30年3月31日までの間は,大規模な公演についてはこれを減額する措置がとられていますが,児童演劇の公演でこの減額の恩恵が受けられるような大規模な公演はあまりないと思いますので,ひとまず措くこととします。
*2:
使用料については,JASRACが文化庁に届け出ている管理手数料は30%,現在のところ実際の使用料率は26%なので,作曲家に支払われる額はこの74%,作詞家と作曲家が別の場合には両社で折半をしますのでその半分の37%ということになります。225万円の場合は83万2500円です。
法的若しくは専門的なアドバイスを目的とするものではありません。
※文章内容には適宜訂正や追加がおこなわれることがあります。