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コラム column

2014年5月26日

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「EU司法裁が『忘れられる権利』を承認?」

弁護士  二関辰郎 (骨董通り法律事務所 for the Arts)




2014年5月13日、EUの最高裁判所にあたるEU司法裁判所が、検索エンジンとプライバシーに関する判決を出した。検索エンジンに個人の名前を入力したときに検索結果として現れるその人に関する情報とリンクを、検索エンジンのオペレーターが、求めに応じて削除しなければならない場合があるとする判断である。


◇ 事案の概要

この判決は、スペイン人男性が2010年にスペイン国内で始めた手続に端を発する。あるスペイン人男性が、グーグルの検索エンジンに自分の名前を入れて検索したところ、自分に関する情報を含む1998年の新聞記事へのリンクが表示された。その新聞記事は、男性の債務超過に伴う不動産の強制競売に触れるものであった。男性は、この記事は1998年時点のもので、自分の債務にかかわる問題は随分前に解決済であるから、もはや自分には全く関連性がないと考えた。そこで男性は、新聞記事をウエブ上に掲載しているスペインの新聞社に記事の削除等を求め、また、グーグル・スペイン及びグーグル米国本社に検索結果の削除を求め、スペインのデータ保護機関に対して申立てをした。

請求を受けたスペインのデータ保護機関は、問題の記事は合法的に作成・公表されたものであるとして新聞社に対する請求は退けた。他方、グーグル・スペイン及びグーグル本社に対する請求は認めた。この判断に対し、グーグル側が、データ保護機関の判断を取り消すよう求め、スペインの裁判所に不服申立てをした。

申立てを受けたスペインの裁判所は、審理を進める過程において、この事件に関連する一般的な法律問題について、EU司法裁判所に対して照会を行った。

照会した問題は、1995年EUデータ保護指令の適用範囲に関する事項のほか、「忘れられる権利」に関する事項である。

まず、照会した事項のうち、1995年EUデータ保護指令の適用範囲の点について、ここではごく簡単に紹介しておく。同データ保護指令の適用範囲に関する照会とは、①米国のグーグル本社が訴訟当事者に含まれていたことから、同データ保護指令の地域的な適用範囲はどうなるかという問題と、②検索エンジンの同データ保護指令上の位置づけを尋ねるものであった。

次に、「忘れられる権利」に関する照会事項は、おおむね次のようなものであった。


〔1995年EUデータ保護指令〕12条(b)はデータの削除等を求める権利を、同14条 (a)は異議申立権を規定している。これらの規定に基づき、データ主体は、情報が自己に不利であること、又はある程度の時が経過したことから「忘れられる」べきことを根拠として、検索エンジンのオペレーターに対し、自分の名前を入力したときに表示される検索結果から、第三者により合法的に公表され真実を含む自己に関するウエブページへのリンクを削除するよう求めることができるか否か。


◇ EU司法裁判所の判断

EU司法裁判所は、まず、1995年EUデータ保護指令の適用関連の問題について、次のような結論を出した。


データ保護指令の地域的な適用範囲について:
検索エンジンのオペレーターが、検索エンジンの提供するスペースで広告枠を販売促進する意図で、EU域内の住民に向けて活動を行うためにEU域内に支店か子会社を設立した場合、データ保護指令はEU域外の法人にも適用されうる。

検索エンジンのデータ保護指令上の位置づけについて:
検索エンジンが取り扱う情報にパーソナルデータが含まれる場合、検索エンジンは、データ保護指令2条(b)の定める「パーソナルデータの処理」をしていることになるし、同2条(d)に定める(データの)「処理者」に該当する。

次に、「忘れられる権利」に関するEU司法裁判所の判断を紹介する。この問題について、EU司法裁判所は、おおむね次のように判示した。


1995年EUデータ保護指令は、同データ保護指令の条項と相容れないデータの処理について、削除等を請求できることについて規定している。データ保護指令と相容れないという状況は、データが不正確な場合にのみ生じるものではない。データが不適切か、関連性がなく、あるいはデータ処理の目的に照らして過度である場合、あるいはデータが最新化されていない場合にも相容れない状況は生じうる。また、歴史的、統計的もしくは科学的目的の必要性からデータが保存されている場合を除き、必要以上に長期にわたってデータが保存されている場合にも、データ保護指令とは相容れない状況が生じうる。


それゆえ、当初は適法であった正確なデータの処理も、時の経過によって取得や処理の目的に照らしてもはや必要ないとされる場合には、1995年EUデータ保護指令と相容れないと判断される場合がある。殊に、データが不適切か関連性がなく、あるいはデータ処理の目的に照らして過度であり、時間が経過している場合には、そのような判断がなされる。


したがって、1995年EUデータ保護指令12条(b)に基づくデータ主体からの要求に基づいてデータ保護機関が判断した結果として、同人の名前を入力した検索結果に、第三者が合法的に公表し入力した個人に関連した真実の情報を含むウエブページへのリンク先が示される場合に、当該事案のすべての状況に照らして、その情報が不適切か関連性がなく、あるいはデータ処理の目的との関連で過度と認められる場合には、データ保護指令6条(1)(c)から(e)と相容れないことを根拠として、検索結果中の関連情報およびリンクは削除されなければならない。


私的な生活及び家族との生活の尊重を規定しているEU基本権憲章7条およびパーソナルデータの保護を規定している同8条に基づく基本的権利に照らし、データ主体が、検索結果のリストに含まれる情報が公衆に利用されないよう求める場合、その権利は、検索エンジンのオペレーターにとっての経済的利益を上回るだけでなく、データ主体の名前に関連して情報を見つけようとする公衆の利益をも上回るものである。ただし、特定の理由により、データ主体が公的生活で果たす役割や、公衆による問題となる情報へのアクセスの利益が優越するために、データ主体の基本的権利を制約することが正当化される場合には、その限りではない。


本件で問題になっている事案では、データ主体のプライベートな生活に関するセンシティブな情報にかかわる問題であること、記事の最初の公表は16年前であることから、データ主体は、検索結果のリストにより、その情報はもはや彼の名前に関連づけられるべきではないと言うことができる。本件では公衆による情報へのアクセスの利益が優越することもなさそうであるから、最終的にはスペイン裁判所の判断になるものの、データ主体は、それらのリンクを外すよう要求できることになりそうである。

上記のとおり、EU司法裁判所の判断は、スペインの裁判所からの一般的な法律問題についての照会への回答である。それ自体が最終的な事案に対する判断ではないから、今後の流れとしては、スペインの裁判所が、EU司法裁判所のこの判断に即して、事案についての判断を示すことになる。


◇ 若干のコメント

● EU司法裁判所の上記判断は、1995年EUデータ保護指令の解釈としてなされたものである。同データ保護指令については、それに代わるものとして、新しいデータ保護規則を制定する動きが現在進行している。新しいデータ保護規則では、「忘れられる権利」の規定を設けることが検討されているが、本判決は、いわばそれを先取りする側面を持っている。


● この判決では、リンク先のデータが内容的に不正確な場合でなくても、「データが不適切か、関連性がなく、あるいはデータ処理の目的に照らして過度である場合などにも削除が可能」としている。この基準自体は、1995年EUデータ保護指令6条1(c)に「〔パーソナルデータは〕適切で関連性を有し、データが収集された目的及び/又は処理される目的との関連で過度であってはならない」(personal data must be ... adequate, relevant and not excessive in relation to the purposes for which they are collected and/or further processed)と規定されていることを、いわば裏返して指摘するものである。


● この判決は、「データ主体からの要求に基づいて」検索結果の一部を削除すべき場合があることを示している。したがって、本人からの要求もない段階で、検索エンジンのオペレーターが、不適切な情報へのリンクを削除すべき義務を負うものではない。


● この判決の判断によっても、リンク先の新聞社によるウエブページ自体はウエブ上に残ることが前提になっている。したがって、個人の氏名を入力するのではなく、他の関連する用語を入力して検索した場合や、新聞社のウエブページに直接アクセスした場合などには、元の情報を公衆がウエブ上で閲覧することは可能である。



◇ この判決への評価等

このEU司法裁判所の判断に対しては、さまざまな評価がなされている。

たとえば、New York Timesの記事では、一方で、「いつまでも過去に縛り付けられていたら、人の成長や変化は難しい」として、過去の情報の削除に肯定的意見が紹介されている。他方、削除申立てがなされた場合に、検索エンジンが、それを調査するためにどの程度の努力をしなければならないのかが不明であるため、削除要求がなされた場合、「(要求に応じて)情報を削除するのが検索エンジンの標準の対応になるのではないか」と懸念する声が紹介されている。また、「政治家などによって、何か隠したいことを隠すために悪用される懸念がある」という指摘も紹介されている。

この判決が出された後、現にグーグル検索に対して、個人情報のリンク削除リクエストが殺到しているという報道がなされている。多数の要求に対し、検索エンジンが逐一実質的に判断をして、削除するか否かを判断する手間や暇をかけられるか、あるいはかけようとするか、という懸念がある。New York Times記事の指摘のとおり、検索エンジンが安易に削除要求に応じるようになると、本人にとって都合の悪い情報はウエブ上でアクセスがしにくくなる。というより、情報の存在を知らない人々にとっては、そのような情報は存在しないものとして認識されることになる。上記のとおり、EU司法裁判所は、公的人物に関する情報の場合などに、知る権利に配慮して削除要求が制限される場合もあることを指摘している。しかしながら、そのような知る権利に配慮した実質的判断も、検索エンジンの対応次第では、絵に描いた餅になってしまいかねない。

以上

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