2017年2月20日
〘情報・メディアと知財のスローニュース〙
「ついに決着・・・・・・・か?『三代目 日本版フェアユース』の現在地点」
弁護士 福井健策 (骨董通り法律事務所 for the Arts)
朝日新聞の報道から幕は上がる。「グーグルブックスの日本版が解禁される」というのだ 。言わずと知れた、世界中の書籍をスキャンして全文検索を可能にするグーグルの「全世界電子図書館化」プロジェクトで、かつて本コラムでも大きな反響を頂いた。
相変わらずしびれる切り口の上手さだが、これは文化審議会「新たなニーズ・ワーキングチーム」の方針を取り上げたもの。筆者も加わった知財本部「次世代知財システム委員会」が、著作権への「柔軟な例外規定」の導入 を打ち出したのを受けた議論が13日、報告書にまとまったのだ 。まだまだ法制化はこれからだが、この段階でのコメントを書いておこう。感想は3つである。
①これは、(たぶん)またしてもフェアユースではない
②しかし、なかなか意欲的で期待できる大作だ
③ただ、また面倒で長い条文になる予感も大。そしてこのスキームは絶望的に遅い
【1.これはたぶんフェアユースではない】
背景から行こう。言うまでもなく情報革命の進展である。これは、情報量とその流通手段の爆発的拡大、ビジネスモデルの激変、ITネット勢の社会的躍進といった現象で特徴づけられる。コンテンツ量とその流通手段が激増すると、著作権などの権利処理が社会の大きな課題となる。米国ITプラットフォーム勢は、いわばその扱いが抜群に上手かったチャンピオン達だろう。そして米国情報産業はこの著作権の壁の多くを、「フェアユース」といわれる広い例外規定(制限規定)で超えたと言われる。
魔法の言葉、「フェアユース」。もっとも、「事態はそんなに単純ではない」「日本の実情にはあわない」など様々な指摘もあるところだ。筆者も、米国型フェアユースを導入しても日本では彼らほど上手く使いこなせない気もする。
とはいえ、まずはファクトからだ。現時点での恐らく最高峰、山本隆司・奥邨弘司『フェア・ユースの考え方』(2010年)等に拠って、ごくラフに日本の現状と比較してみよう。
米国でフェアユースが認められた利用 | 判決名・年度 | 日本での立法対応・年度 |
リバース・ エンジニアリング |
セガ事件・1992年ほか | 今回の報告書・2017年以後 |
パロディ | プリティウーマン事件・ 1994年ほか |
ずっと議論中 |
写り込み (写し込み) |
サンドバル事件*・1998年ほか(*デ・ミニミスという別な法理で肯定) | 30条の2・2012年 |
研究目的での複製 | サンデマン事件*・1998年ほか(*非営利法人が未公表著作物を複製) | 私的複製を除き、 30条の4など特定の場面以外に規定なし |
画像検索サービス | ケリー事件・2003年ほか | 47条の6・2009年 |
盗作検出サービス | ターニティン事件・2009年 | 今回の報告書・2017年以後 |
所在検索サービス | グーグルブックス事件*・2013年(*サービス自体は2004年から) | 今回の報告書・2017年以後 |
オンライン講義 | 教育利用全般はフェアユース・ガイドラインで詳細に規定 。+個別規定(110条(2)・2012年)やライセンスで送信をカバー | 授業の同時再送信は35条2項で規定あり。異時再送信は文化審議会で対応方向・2017年以後 |
孤児著作物の利用 | フェアユースの余地がたびたび指摘。著作権局報告書・2006年ほか | 裁定手続で対応。 その改善が進む |
・・・無論フェアユースといっても一定の限界はあるが、それでも壮観である。忘れちゃいけないのは、上の年度は判決でフェアユースと認められた年であって、「フェアユースに基づく利用」はそれ以前から、場合によってずっと前から始まっていたということだ。
米国型フェアユース規定(107条)の特徴は、シンプルさとスコープの広さだ。4つの判断要素:「①利用の目的と性格」「②利用される作品の性質」「③利用部分の質と量」「④オリジナルに市場で与える影響等」で判断して公正な利用なら無許可で可能、というもの。日本の「私的複製」「写り込み」のような個別の目的限定がないのだ。無論、判例・学説・ガイドラインの膨大な蓄積があって、何がフェアユースで何が違うかの判断はしやすい。しかし最大の強みは、「新たな技術やサービスが生まれた時にこの4要素で自ら判断して踏み出せる」点にある。
これにより、著作権的にはグレーでも権利者に実害が少ないと判断すればとりあえずフェアユースで走り(早期にビジネス化し)、時には訴訟も受けて立ちつつサービス内容の手直しを繰り返し、圧倒的スピードで市場を制覇して来たのがゼロ年代以降の米国ITネットワーク勢と言えるだろう。その覇者であるグーグル、マイクロソフト、フェイスブックなどのプラットフォーム勢は今や世界の企業時価総額の上位を独占している。中で一番少ないフェイスブックの企業時価で、トヨタ自動車の2倍に達する。
そして結論を言えば、今回のワーキングチーム報告書の方向性は、どうやらまたしてもフェアユースではない。デジタル化が本格化したゼロ年代、フェアユースを含む立法提案が相次いで 、2009年には新たな個別の制限規定が大量導入された 。その後、内閣知財本部はフェアユース(いわゆる一般規定)の立法化を打ち出したが 、文化庁と文化審議会が2012年に導入したのも4つの新たな個別規定だった。今回のいわば「三代目」もまた、少なくとも米国型フェアユースではないようだ。
【2.しかし意欲的で期待できる大作だ】
にもかかわらず、これは実によく考えられた立法提案である。「フェアユースじゃなきゃヤダヤダ!」と切って捨てる前に、内容を見てみよう。
報告書は、これまでの個別の制限規定の限界と柔軟な規定への期待を正面から受け止めている。ただ柔軟性が高過ぎると悪用されるし、「何が許される利用か」の予測性が低下する。この点、事前調査では「完全に合法と確信するか、合法である可能性が極めて高くないと新事業を実施しない」と回答した企業が約8割とされた(73頁)。よって明確性と柔軟性のバランスが重要だとして、特定の利用場面に応じて柔軟性を確保した規定を置くとする。ふむ。完全に柔軟で何でも入る米国型ではなく、英国のような「半分柔軟な」例外規定を想定しているようだ。その上で、様々な利用を3層に分けるのがミソだ。
【1層】ユーザー側での著作物の知覚や享受を伴わない利用。具体例は①Shazamのような曲名検索のためなどの「バックエンドでの情報蓄積」、②「情報分析用のデータベース構築」、そして③「リバース・エンジニアリング」。以前、文化審議会でも「C類型」と言って権利者も異論の少なかった利用だろう。これは広く認めるべく、なるべく抽象的で柔軟な規定を導入する。
【2層】著作物の本来的利用ではなく、権利者の不利益が軽微な利用。具体的には④「所在検索サービス」、⑤「情報分析サービス」。前者は世の著作物を大量にデジタル化して内容検索できるようにし、検索結果と共に該当箇所として数行のテキスト(スニペット)を表示するようなサービス。まさにグーグルブックス型で、過去の膨大な書籍や番組がデジタル保管され、それをオンライン検索して該当する文章・台詞の一部が表示されるようなサービスも可能になりそうだ。ポイントは、書籍や番組の正規配信サービス自体と競合しないこと。著作物の利用が付随的・軽微であること。後者は企業の評判分析や論文盗作検出など、社会の情報を分析して結果を提供するサービスで、いずれも導入の方向だ。
【3層】著作物の本来的利用だが、公益性があり促進が期待されるもの。具体例は、⑥「公衆に無償提供されている作品の翻訳サービス」。公式動画などに第三者が字幕を付ける行為が思い浮かぶが、これも導入検討とされた。
まとめれば、「知覚・享受を伴わない利用」プラス「所在検索・情報分析」プラス「公開作品の翻訳」。少なくとも3つ以上の規定に分かれそうだ。そして、より広範なアーカイブ公開、パロディ、教育・福祉支援などの「その他CPS」は積み残しで、別な場で議論するとされた。
良いじゃないか。これ自体はバランスが取れており、早期導入されるなら自分は大いに評価する。
【3.ただ、また面倒で長い条文になる予感も大。そしてこのスキームは絶望的に遅い】
ただしだ。それでも心を鬼にして点は辛い。理由はふたつ。まず、条文はきっとまたうんざりするほど長くなる。既に個別の制限規定は増えも増えたり18,000字である。A4で18枚分くらい、著作権の例外規定の条文が続くのだ。規定3つ以上なので更にまた1,000字も増えるだろうか。しかも難解で専門的。どのくらい難解かと言えばこのくらい難解 。(ためしに47条の6を読んで欲しい・・・・・いや眠らないで。これは検索エンジンを合法化する規定だがどんな条件で合法になるか理解出来ただろうか。)かつて知財法の泰斗・中山信弘先生が苦笑しつつ、「この辺りは私が読んでもよくわからない」と名言を残されている。今や万人が発信者の時代。著作権法は一部の業界法から「お茶の間法」(野口祐子)になったと言われて久しい。万人の法なのに、あらあら理解できる人間すら1%に満たない状況で役に立つだろうか。
そしてもうひとつ。これでは遅いのだ。決定的に。といっても今回の検討チームの責任ではなく、元々このスキームでは必然的に遅いという話だ。グーグルが、フェアユースを梃にグーグルブックスの前身サービスを始めたのは2004年。想定通り大訴訟を起こされ、紆余曲折を経て控訴裁がフェアユースを認定したのが2013年。日本ではこの間ずっと議論が立ち上がっては消え、2017年にやっと今回の報告書が出た。
「日本の文化庁の立法ペースは現実より10年遅れており、導入する頃にはもう市場で勝負がついている」という10年周回遅れ説を完全に裏付けた形だろう。米国ではこの間ずっとグーグルの事業は走っており、そうした各種サービスの力で覇権を握った。その利益は年2兆円。数百億とも言われる同社の訴訟対策費は算盤が合ったか?もし10年前に「完全に合法と確信しなければ新事業を実施しない」と言っていたら、今のIT覇権企業たちは存在していたか?答えは明らかだろう。フェアユース問題は、日本企業の法務戦略の問題でもある。
誤解のないように書いておけば、筆者は急速な変化には基本的に懐疑的だ。急激過ぎる変化は常に危険を伴うので、我々は「世界に対して周回遅れ」くらいがちょうど良いとさえ思っている。だが、情報化は残念ながらそれが許されないことが明らかな分野のひとつだ。そこでは走りながら考える「永遠のベータ版」が現実であり、その覇者たちがビジネスを制し、情報社会のルールメークを握りつつある事実は厳然とある。10年遅れて普通人に理解しにくい長文のパッチを当てていては、当事者能力はないのだ。
その努力は十分理解した上であえてきつい言い方をするが、政府は情報ルールの正解を全て記述しようとし、自分達にはそれが記述できるとうぬぼれてはいないか。だから「明確な立法事実(=法的ニーズ)が必要」と繰り返し、情報社会のニーズを全て把握しそこに正確にパッチを貼ろうとする。残念だが無理である。我々が直視すべき本当の立法事実とは恐らく先にあげた表だ。「現行法制のスピードは社会の現実に10年単位で遅れており、誰も正しい将来予測などできない」ということなのだ。報告書がアンケートで問うべきだったのは、「明確で絶対安全なルールを作ると10年以上かかるとしても、現場はそれを待てますか」ではなかっただろうか。
現在の議論を活かしつつ、「永遠のベータ版」のスピードと並走でき、しかもわかりやすいルールに近づける方策。簡単ではないが、少なくとも法律では大枠を決め、後は各種ガイドラインなどでキャッチアップを繰り返して行く方向は「ましな解答」のひとつになり得るだろう。それ以前に、とはいえ十分意欲的なこの報告書が、「明確化」の名の下にすっかりしぼんで骨抜きにされたりはしないか。目を皿のようにしつつ、期待大で春を待ちたい。
【追記】今回から毎月5日と20日(頃)に、ここでコラムを書くことになった。そう、勘の良い方はおわかりだろうが次の新書でお尻に火が着いた。無理やり連載して最後に大幅加筆して一冊にする、『18歳の著作権入門』で味をしめた方法だ。どうか編集と2人の泥縄ぶりを生あたたかい目で見守って欲しい。まあ幸い、この数年と情報・メディア・知財の状況を見れば書く題材に事欠くことはあるまい。時間と能力には事欠くかもしれないけど・・・
以上
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